THE WORLD COMPASS 2007年12月–2008年1月号 掲載
2008年への5つの視点
21世紀初頭の7年が経過した。この7年間は、2001年の9.11同時テロという悲惨な出来事を引き金とするアフガニスタン攻撃・イラク戦争という「戦争の時代」となったが、経済的には「世界経済の年平均実質成長率3.5%」「世界貿易の年平均実質成長率7.0%」という途方もない「経済拡大の時代」となった。しかし、2008年の世界を展望すると、抱えている課題の重さを認識しなければならないだろう。以下、5つの視点において新年の課題を整理しておきたい。
1.失われていく「3つのE」のバランス——2008年のキーワードは「100ドル原油」と「ポスト京都議定書」
- 持続可能な成長のためには「3つのE」(ECONOMY、つまり経済のEに加えて、ENVIRONMENT、つまり環境のE、ENERGY、つまりエネルギーのE)のバランスが重要とされるが、現下の世界においては過熱気味の成長の持続を背景に急速にバランスが崩れつつある。
- 環境問題とエネルギー問題は表裏一体であり、総体として認識する必要がある。
- 環境問題:ポスト京都議定書へ
- (1)いよいよ京都議定書で約束したCO2削減目標実行期間が始まる。日本は2012年までに1990年比6%削減に向かわねばならぬが、その後の2006年までの増加分6.4%を加えた12.4%の削減が必要となる。
- (2)京都議定書の枠外にいる米国、中国を国際的環境ルールに引き入れることが重要で、既に「ポスト京都議定書」をめぐる交渉が国連での作業(COP13)として始まっているが、欧州が主張する「1990年比、2020年で20%削減、2050年に60〜80%削減」となると、日本にとってみれば2020年までに現在の26.4%削減を意味し、「極端に高いハードル」に向き合うことになる。
- (3)洞爺湖サミットでの主題が「環境」となると、日本としては一段と真剣にCO2削減に取り組まざるを得ないが、低炭素社会の実現に向けて産業構造および社会構造の根本的転換を迫られることになる。
- エネルギー問題:「100ドル原油ゾーン」への価格高騰
- (1)WTI(ニューヨーク先物原油価格)は、9.11が起こる直前の2001年8月には1バレル27.25ドルで、その後4倍近く高騰したことになる。
- (2)エネルギー価格の高騰をもたらしている要因は、需給関係の変化だけでなく「投機的要因」、すなわちマネーゲームとしての石油取引の拡大があることも確か。
- (3)1973年の石油危機以来、日本の脆弱性が「エネルギーの外部依存の高さ」にあることは不変。省エネルギー、再生可能エネルギー(バイオ燃料、太陽、風力など)、原子力などのR&Dの促進が不可欠。また、100ドル原油に耐え得る産業構造の模索が重要となる。
2.過剰なマネーゲームと肥大化する過剰流動性——「産業の金融化」
- 実体経済と金融経済の乖離:グローバルな金融資産は約165兆ドルと推定(2007年)。この規模は世界GDP総額(実体経済)の3.5倍、世界貿易額の5.5倍に相当。今世紀に入って7年間で75兆ドル増加。
- 過剰流動性の動きで金融市場が乱高下する構造が定着。デリバティブ市場は415兆ドルに肥大化(BIS、想定元本ベース)。過剰流動性の原資として注目される「オイルマネー(産油国の原油輸出金額)」は2007年に1.2兆ドルに達し、産油国の政府系ファンド(SWF)総額も2兆ドルとなった。
- 日本の超低金利の継続(公定歩合1%以下水準を12年続ける)が、海外の相対的高金利に誘われた円資金の流出(円キャリー)をもたらし、マネーゲームを加速させる世界のホットマネーの源泉の一つとなっている。広義の円キャリーの累積規模は2006年に1兆ドルと推定される。
- 問題のサブプライムローンの規模は1.3兆ドル、延滞発生比率は約16%である。世界の金融不安をもたらすほどのものではないが、リスクの高い債権を「証券化」手法で分散したことで、皮肉にも証券化された金融商品全体の信用下落をもたらし、不安が拡散した。
- 「金融工学の進化」の名の下に「万物の金融化」が進行しており、不動産の証券化(REIT)や天候デリバティブ、排出権取引など、あらゆるものが「金融化」の潮流の中にある。
3.日本経済の直面する課題としての一段と進行する「川上インフレ、川下デフレ」
- 原材料資材価格の高騰と最終消費財価格の低迷が同時進行する「川上インフレ、川下デフレ」の状況がさらに深化。極端な二極分化の構造の中にある。
- 2007年10月水準の企業物価指数(2000年=100)において、素材原料199.5、中間財115.7、最終財92.3(うち耐久消費財78.9、非耐久消費財104.1)→インフレとデフレの同時進行。
- 2008年の注目点は、川上インフレ、川下デフレを解消する消費の回復が進むか否か。個人所得増なき景気拡大という局面が、いかなる展開を見せるかが鍵。
- 勤労者家計可処分所得など「収入」の拡大で消費が刺激される局面ではない。個人金融資産1,500兆円、企業が保有する非収益不動産500兆円など、資産の活用、流動化が消費を拡大させるための今後の重要課題。
4.急速に進行する世界の「脱9.11」——「米国の求心力の低下」
- 9.11から6年が経過。アフガニスタン、イラクでの米軍兵士の死者は4,304人、多国籍軍全体では4,838人(2007年11月末現在)となり、正に泥沼化。米国の求心力が低下し、ユーラシア全体が「脱9.11」局面へ。
- (1)ロシアの復権:原油・天然ガスの生産力でロシアが世界一へ(2007年2,300万BD)。「エネルギー帝国主義」ともいわれる存在感の高まり。
- (2)中国の台頭:21世紀に入って7年間で中国のGDPは95%増大。大中華圏(中国、香港、シンガポール、台湾の産業的連携)の相互連携深化。
*注目すべき「上海協力機構」の動向(ロシア、中国、中央アジアの連携機構):米国の一極支配を拒否する意識を共有。
- (3)インドの台頭:IT大国化するインド。米国を揺さぶるしたたかなインド(原子力技術協力)。上海協力機構にもオブザーバー参加。
- (4)シーア派のイランの台頭:イラクのシーア派主導政権(マリキ政権)と連携、ペルシャ湾の北側に巨大なシーア派ゾーン形成。イラク戦争による中東の変化。
- (5)欧州の欧州化:EU27カ国体制への移行と欧州の「積極的自立」(米国への依存からの脱却)。
- ブッシュ政権のレームダック化。戦時政権として、W・ウィルソン(第一次大戦)、F・ルーズベルト(第二次大戦)が示した戦後世界秩序へのビジョン提示できず。「自国利害中心主義」から脱皮できない米国の限界。
- ただし、ブッシュ政権の東アジア政策に大きな変化。中東での失敗を東アジア政策で覆い隠す意図。特に米中関係の深化を志向し、東アジアを中国と「共同管理」する方向模索(六カ国協議での協調)。
- 世界のリーダーの交代。2008年は米国の大統領選挙の年であり、ロシアの大統領選挙の年でもある。2007年には、英国(ブラウン政権)、フランス(サルコジ政権)、日本(福田政権)、豪州(ラッド政権)と相次いで政権交代。新世界秩序に向けたガバナンスの再興が求められる局面へ。
5.日本の社会的成熟化と基盤構造の変化
- 2005年に1.28億人でピークアウトした日本の人口は、2046年に1億人を割ると予測されている。また65歳以上人口の比重(高齢化比率)は2割を超えたが、2050年までに4割になると予測されている。
- 日本の貿易総額に占める米国の比重は17%、アジアは47%(2007年見込み)であり、アジアとの相互依存関係は一段と深化。ネットワーク型発展の局面にあるアジアとの相関の中で日本の進路を模索する必要がある。
- 「アジア大移動時代」が迫っており、2007年に中国からの来訪者が米国からの来訪者数を超え、前年の2006年に日本からの出国者数において米国を訪れた人(367万人)よりも中国を訪れた人(377万人)が上回った。「人の移動をテコにした経済の活性化」が鍵。