寺島実郎の発言

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連載「脳力のレッスン」世界 2008年2月号

英連邦の新しい意味——豪州という存在

十年前、オーストラリアの一人当たりGDPは日本の約半分にすぎなかった。しかし、昨年は日本の三・七万ドルを上回る四・〇万ドルを超えたと推定される。〇六年のオーストラリアの実質GDPも七二七四億ドルと、一九九五年の三七一一億ドルからほぼ倍増した。背景には資源大国にとって二一世紀以降の資源高騰と豪ドルの八割高という追い風がある。面積日本の二〇倍という広大な国土に、人口わずか六分の一というこの存在を、新たな視界で再考しておく必要を感じる。

日本にとってのオーストラリア

〇七年一〇月に東京帝国ホテルにおいて、「第四五回日豪経済合同委員会」が開催された。第一回の開催が一九六三年であるから、東京オリンピックの前年である。日本の一人当たりGDPが一〇〇〇ドルを超したのが六六年であり、その後の日本の高度成長、二度にわたる石油危機の克服、バブル経済とその崩壊、そして失われた十年とその後の「構造改革」という半世紀の日豪関係を辿るといかに相互補完的二国間関係が成立してきたかが分る。この間、資源・エネルギー・食糧の外部依存を高め、製造業を中核とする産業力を充実させる路線を走ってきた日本にとって、オーストラリアは重要なパートナーであった。現在、日本は石炭の輸入の六一%、鉄鉱石の輸入の五三%をオーストラリアに依存しており、それぞれの輸入相手先の第一位である。また、LNGの輸入の一八%がオーストラリアからで、LNG輸入相手先の第二位、非鉄の一三%、小麦の二二%がオーストラリアからで、それぞれ輸入相手先の第三位である。

つまり、日本にとってオーストラリアは繁栄を支える礎石ともいえる存在なのである。また一昨年、日本国内の土地値上がりランクで北海道の倶知安が第一位となったが、その背景には夏のオーストラリアから冬場の北海道ニセコにスキー客が訪れるようになり、その数七万人となって別荘やマンションの購入が増えたという事情がある。かつてゴールドコーストといえば日本人の新婚旅行客の人気スポットだったが、観光客の動きが反転している。資源インフレによる国民所得増と豪ドルの高騰で、「シドニーのタクシー運転手の平均年収が日本円で一五〇〇万円を上回る」ともいわれ、富裕層だけでなく一般市民が平気で北海道のスキーを楽しんでいる。

そのオーストラリアが「英連邦」の一翼を占める国で、現在も国家元首はエリザベス女王であることもよく知られている。また、オーストラリアは米国との軍事同盟を基軸とする国であり、この点では日本と似ている。米国にすれば、アジア太平洋地域の頼りになる軍事同盟国といえば、基地を提供し基地維持のコストの七割を支援してくれる日本と、軍隊の海外派兵に協力してくれるオーストラリアが双璧となる。事実、9・11以降のアフガニスタン、イラクへのブッシュ政権の軍事展開に対しても、両国は積極的支持・協力の姿勢を続けてきていた。日本の小泉・安倍政権とオーストラリアのハワード政権は、米国のブッシュ政権にとって「アジア太平洋地域の礎石」ともいうべき好ましいパートナーであった。

一二年近くの長期政権を維持していたハワード政権が昨年一一月の総選挙に破れて崩壊した。新たにスタートした労働党ラッド政権は、「イラク派遣部隊の段階的撤退」を方針としており、米国との同盟を維持しつつも無原則な支持者ではなくなるであろう。ラッド首相自らが中国勤務経験を持つ外交官であり、中国をはじめとするアジア諸国との連携を志向すると予想される。その際改めて「隠し絵」のように意味を持ってくるのが「英連邦」というインフラであろう。日米同盟を唯一の外交基軸とする日本との違いがここにあり、重層的・多角的外交を構築できる基盤を持っているのである。

英連邦の新たな意味——ユニオンジャックの矢

二〇世紀初頭、大英帝国は世界の面積の四割を占める巨大帝国であった。正に二〇世紀最初の年、一九〇一年一月にビクトリア女王が死去し、栄光のビクトリア期は終焉を迎えたが、「日の沈む時はない」といわれた大英帝国は世界人口の三分の一を支配していた。二〇世紀は「パックス・ブリタニカ」が衰退・後退した世紀でもあった。第二次大戦後の四七年、インド・パキスタンが独立。五七年のガーナ独立を経て「アフリカの年」といわれ一七の西洋植民地が独立した六〇年には、ナイジェリアとソマリア、六一年に南アフリカとシエラレオネ、六二年にジャマイカ、六三年にはケニアと次々と英領植民地の独立が続いた。そして九七年、中国への香港返還によって大英帝国の植民地支配の歴史は完全に終わった。

大英帝国が後退の過程で様々な悪戯を行なったことも確かである。例えば、第一次大戦前後の中東を舞台に大英帝国の「三枚舌外交」が展開された。メッカの太守フセインにオスマン帝国からの独立を約束(マクマホン―フセイン書簡、一九一六)する一方、オスマン帝国打倒後のアラブ世界を英仏間で二分する秘密協定(サイクス―ピコ協定、一九一六)を結び、さらにはパレスチナでのユダヤ人国家の建設を約束する英外相バルフォアの宣言(一九一七)がなされた。今日のイラク混迷の淵源も、古代オリエント研究者だったG・ベル女史が、一九二一年のカイロ会談時にチャーチル植民地相に人為的に線引きした「イラク建国計画」を提言したことにあり、いかに無責任な「大国の横暴」が繰り広げられたかということである。それでも、大英帝国のDNAは生き延びた。

英連邦(The British Commonwealth)は一九三一年に「それぞれが主権を持つ対等な独立国家の自由な連合体」として、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ連邦などをメンバーとして発足したが、四九年にコモンウェルス・オブ・ネーションズ(The Commonwealth of Nations)と改称し今日に至った。現在の加盟国は五三カ国で、「過去の栄光にしがみつく形骸化した連合体」とも言われるが、実は新しい意味が浮上しつつある。英国、インド、シンガポール、豪州を繋ぐ「矢印」をイメージし、「ユニオンジャックの矢」と呼ぶ。この矢が地政学において意味をもちつつある。資源大国としてのオーストラリア、IT大国化するインド、そしてその二つの国をつなぐ基点としてのシンガポールとの相関が大きなシナジーを産み出しつつある。シンガポールは大中華圏の南端として中国の実質一〇%成長力をASEANに繋ぎ、インドの実質七%成長力をASEANに繋ぐ存在になりつつある。そして、中核にロンドンの金融機能が存在する。

昨年、シンガポールと英国が「オープンスカイ」の航空協定を結んだ。英国にとっては「以遠権」が期待できるわけでもなくメリットはないと考えがちだが、アジアからの人の動き(人流)をロンドンに取り込み、欧州のゲートウェイにしようという英国の戦略意思がうかがえる。七〇〇人乗りの新鋭巨大ジャンボ機エアバスA380が、昨秋シンガポール―シドニー間に就航した。今春からはシンガポール―ロンドン間にも就航する。英国が与えている英連邦加盟国への査証免除などの優遇も重要な意味を持つ。

一般的に、英連邦の意味は「英語という共通言語」「文化遺産の共有」「行政・教育・司法システムの近似」など社会生活を支えるインフラの共通性であろう。このことはIT革命が進行し、情報ネットワークを通じた意思疎通が重要となる局面で、極めて優位な基盤インフラを保有していることを意味する。大英帝国の経験を共有し、密度の高い意思疎通を通じて技術・システム・ソフトウェア・サービスなど眼に見えない財を供給しあうことは相互に有益である。そもそも英連邦自体が情報ネットワーク時代の先取りであったともいえる。

四年に一度開催のスポーツ大会コモンウェルズゲームズ、西暦の奇数年に行なわれる英連邦首脳会議など外部からは窺い知れぬほどの盛り上がりである。統一された意思を目指すものではないが英連邦は明らかに新たな活力を確立しつつある。