連載「脳力のレッスン」世界 2007年5月号
2001年宇宙の旅とI T革命
A・C・クラーク原作の映画「2001年宇宙の旅」は1968年の作品で、40年近くも前の映像だが、それまでのSF映画の常識を破る新鮮なものだった。人類の誕生から宇宙空間への旅を通じ、謎の石柱「モノリス」と知的生命体との邂逅を描くストーリーは極めて難解で、首を傾げながら映画館を後にした観客も多かったはずだ。ただ、圧倒的な映像体験であり、特撮を担当したダグラス・トランブルの才能が開花した作品で、1977年の『未知との遭遇』に繋がる特殊視覚効果をあげていた。また、BGMに「ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しき青きドナウ」というクラシックを使う音響も見事だった。この映画が我々の宇宙イメージを定めたといってもいいだろう。
1968年は微妙な年であり、アポロ11号の月面着陸が翌年に迫っていた。月面からの映像に違和感を覚えなかったのも、『2001年宇宙の旅』で擬似先行体験していたことによるともいえる。A・C・クラークは月面着陸船を開発したグラマン社などを訪ね、開発中のプロトタイプを見るなど、当時の米国の宇宙開発の先端技術についての情報を吸収している。 作品中で重要な役割を果したのが人工頭脳コンピューターHAL9000であった。映画では、1992年にHAL9000は開発されたことになっている(注、小説版ではHALの誕生は1997年)。このHALが人間に反逆するという展開なのだが、人間が産み出した「道具」が進化の究極において人間の生命を脅かすという逆説は重いメッセージであった。
HALという名称は、コンピューター・メーカーIBMの社名のアルファベットでの一文字前の文字を拾った造語だという。映画化に当たり、IBM社は宇宙船のコックピット・デザインからコンピューターのディスプレーの提供に至るまで技術協力を惜しまなかった。ここで確認すべきは、最早1992年は過ぎ去ったがHALのような人工頭脳コンピューターは登場していないという事実である。1976年に開発されたCRAY・T以来スーパーコンピューターの性能は加速度的に高度化してきた。しかし、それでも人工頭脳という域には到達していない。過去の大方のSF小説は、G・オーウェルの『1984』であれ、『2001年宇宙の旅』であれ、中央制御の大型汎用コンピューターが情報システムを制御する「高度情報管理時代」の到来を予言していた。だが、それは当たらなかったのである。では、情報技術の進化が遅れたのかというとそれも正しくない。進化の方向が変わったのである。大型汎用コンピューターの時代から分散系のネットワーク情報技術が主導する時代へと変化したのである。それは1980年代末から90年代にかけて一気に進行した。
IT革命とは何だったのか
1980年代まで、多くの人は「情報化」という言葉を使ってはいたが、まだ汎用コンピューターの普及という枠組みでの認識に留まっていた。第一世代コンピューターといわれるIBM7090やUNIVAC1105が登場したのが1958年、以後次々と情報処理効率を向上させる汎用コンピューターが開発され、金融機関や交通機関などが導入して我々の生活を変え始めていた。1968年にアラン・ケイのパーソナル・コンピューターは開発されていたが、まだ「マイコン」などといわれ、個人仕様のマニアックな玩具の延長のごときイメージでとらえられていた。「当分は大型汎用コンピューター主導の時代は続く」というのが大方の理解であった。 しかし実は、ネットワーク情報技術革命は、1960年代から静かに進行していた。ランド・コーポレーションの研究員パール・バランが、ペンタゴンの依託を受けて、今日のインターネットの基盤技術であるパケット交換方式情報ネットワークの基本コンセプト開発に着手したのは1962年であった。その開発は冷戦期の産物であって、中央制御の大型コンピューターで防衛システムを管理することは、ソ連の核攻撃によって中央コンピューターが破壊された場合、すべての防衛情報システムが機能不全に陥るというリスクを伴う。仮に一つの回路が遮断されても、多様な回路で情報を伝達する開放系・分散系の情報システムを構築する必要があるということで開発されたのがインターネットの基盤技術であった。
1969年に国防総省国防高等研究計画庁(DOD/ARPA)が中心になって、スタンフォード大学、カリフォルニア大学(サンタバーバラ校、ロサンゼルス校)、ユタ大学でARPAネットの実験が開始され1971年に本格稼動した。それが冷戦の終焉を機に民生転用され、厳密な意味で「インターネットの民間化」が実現したのは1993年であった。翌94年には、インターネットのリソースリストであったYAHOOにキーワード検索機能を付加した検索サーバーが登場し、爆発的普及の起爆財となり、日本にも本格上陸(IIJ,国際接続開始)した。それからの10年が正に「IT革命」の時代であった。IT革命とは「米国が主導した軍事技術のパラダイム転換」だったのだ。
IT革命の光と影
「世界が変わった」という表現があるが、瞬く間にインターネットは情報の基盤インフラといえるほどに普及し、水や空気のごとく我々の生活を支える存在になった。今日、「ユビキタス」(ラテン語の「神はあまねく存在する」に由来)という言葉が使われるほど、いつでも、どこでも、誰でも情報通信技術の恩恵を享受できる社会が実現されつつある。
確かに、我々の生活が便利で効率的になった。例えば、ネットワーク情報技術を利した成果としての携帯電話は、個と世界をつなぐ情報端末として生活の必需品化している。また、コンビニエンスストアも実は生ものを効率的に回転させうる流通情報ネットワークに支えられたビジネスモデルである。さらに、インターネットによって情報の回路が多様で民主的なものとなり、子供でさえ一定の操作技術をマスターすれば、ホワイトハウスやペンタゴンの情報サイトにアクセスできるようになった。
しかし、「IT革命」の基本構造に由来する光と影を内包していることも否定できない。IT革命には「ディファクト化とブラックボックス化」という二つの性格がからみついている。実質的な世界基準にして囲い込み(ディファクト化)、囲い込んだら勝手にいじくらせない(ブラックボックス化)IT環境として我々を取り巻いているのである。IT革命自体は開放系・分散系の情報技術の浸透なのだが、このシステム総体が本質的にセキュリティーに関して影の側面を有しているということである。
「つながる」が故に便利で効率的な反面、「つながる」が故に安全性と自立性を失うリスクを抱え込むことになる。まず、「情報の管理高地」という問題意識からすれば、マイクロソフトのOSからカーナビが依存しているGPS(米国の軍事衛星につないだ位置測定)まで、暗黙のうちに米国の優位性に身を委ねる構造に踏み込んでいる。また、「相互依存の過敏性」とでもいうべき問題、サイバー・アッタクなど、ネットワークの弱い部分を狙い撃ちした攻撃の影響は即座に波及する。戦争も「戦略情報戦争」「RMA(軍事における革命)」という言葉が登場するごとく、敵が依存する情報システムを電磁波やウィルスで攻撃し無力化する研究が各国で進んでいる。
私は経済産業省の産業構造審議会の情報セキュリティー基本問題委員会の座長を務めているが、ITが社会総体を変えている時代において、国家・企業・個人、それぞれのレベルにおいて、受身でITを享受するだけでなく、「安全性」についての強い問題意識を持ち、次世代IT環境を創造する意思が求められていることを痛感している。

