連載「脳力のレッスン」世界 2006年12月号
バーチャル国家シンガポール〜21世紀型先進国家として
シンガポールは淡路島の面積もない小さな島国である。この島は、1807年にイギリス東インド会社の書記だったT・S・ラッフルズが、南方進出の基地とすることを進言して以来、英国の東洋支配の拠点としての歴史を続けてきた。1941年の日本軍の侵攻で陥落してからの3年半、日本占領下の「昭南島」とされた時代もあった。
私は、橋でつながったセントーサ島のホテルに滞在し、原稿を書くのが気に入っている。気晴らしに自転車で海岸沿いを走ると、「ユーラシア大陸最南端」の標識がある。背中に広大なユーラシアの存在感を感じながら、中東と日本を結ぶ石油タンカーを含めて沖合いをいく船影を眺める高揚感は格別である。海峡をいく船の2割は日本船籍である。
シンガポールは、1965年にマレーシア連邦から分離独立して40年間、リー・クアン・ユーという人物の卓越した指導力によって国造りに励んできた。その国家像は、21世紀の国家観を考察する上でも極めて興味深い輝きを放っている。人口の75%を中国系が占めるため、華僑国家といわれるが、驚くほどの多民族国家でもある。マレー系が15%、インド系が8%であるが、人種の坩堝ともいえる多様性がこの国の活力の源泉でもある。
バーチャル国家とは
植民地主義が吹き荒れていた時代、「強い国」とは軍事力を背景に広大な領土を保有する国のことであった。その後、産業革命が世界に伝播するにつれ、工業生産力で国家を評価する傾向が定着した。GDPや1人当たりGDPで国家の格を認識する傾向を我々自身も引きずっているが、それは我々がそういう時代を生きたことの名残である。戦後の日本は、軍事力や植民地がなくとも、通商をテコに工業生産力を高める「通商国家モデル」の成功事例であった。
ところが、最近では工業生産力ではなく、眼に見えない財で付加価値を創造する力で国家の格が決まるとさえいえる状況を迎えている。眼に見えない財とは、技術、システム、ソフトウェア、サービスなどであり、所謂「ソフトパワー」のことである。
シンガポールの1人当たりGDPは2.52万ドル(04年)であり、中国の1486ドル、インドの637ドルのみならず、台湾の1.43万ドル、韓国の1.41万ドルをも圧倒的に凌駕している。日本が3.60万ドルであるから、アジアでは日本に次ぐ豊かさを実現していることになる。領土も人口も、工業生産力も際立ったものがない国が世界に冠たる高付加価値国家になりうることをシンガポールは示したのである。
UCLAのリチャード・N・ローズクランス教授が「バーチャル国家の台頭(THE RISE OF THE VIRTUAL STATE)」を出版したのは1999年であった。「土地、資源、原材料という生産要素よりも、良質の労働力、資本、情報」をもっぱら重視する「頭だけをもち体をもたないダウンサイズされたバーチャル国家が誕生しつつある」という指摘は新鮮だった。ローズクランスの主張する「バーチャル国家は他国の生産能力を必要とする。その結果、国家間の経済関係は、『特定地域にある頭脳と、他の地域にある身体を結びつける神経のようなもの』になっている」とは、国家観の変更を迫るものであった。
この「バーチャル国家論」を現実の存在としてイメージさせたのが、シンガポールであった。ITにしても、バイオにしても、シンガポールは技術、ソフトウェアの研究・開発に政府が思い切ったインセンティブを与え、世界中の専門家を招き寄せ、アジアの一大R&Dセンターとなりつつある。
大中華圏の南端として
シンガポールが果す機能として、大中華圏の南端として中国の実質10%成長力をASEAN諸国につなぐ基点の役割がある。シンガポールは反共国家であり、中国本土の政権とは政治的な壁がある。大中華圏は一枚岩ではないし、時に対立、競合さえしているのだが、大きな潮流として「陸の中国」(中国本土)と「海の中国」(華僑圏の中国、香港、シンガポール、台湾)の産業論的な連携は着実に深まっている。例えばシンガポール華僑や香港華僑の企業、台湾企業が本土の中国の企業を巻き込んで新たな事業に挑戦するパターンは珍しくない。
いま「中国の台頭」が語られるのも、実はこの陸と海の中国の連携が深まることで、中国がことさらに大きく見えるという要素もある。華僑圏の海の中国にとっては、本土の改革開放路線の定着と10%成長の持続は魅力的な商機となり、本土にとってもグローバル化した世界経済での一層の飛躍のためには、海の中国をジャンプボードとして活用することの利益が高まり、相互連携、相互依存の構造が深まってきたのである。
大中華圏自体が目に見えない、つまりバーチャルな有機的連携体であるが、その中で相互補完的役割分担がなされているともいえる。例えばシンガポールの場合、バイオの研究を軸に医療産業を充実させて、大中華圏における医療センターのような役割を果たしており、昨年も30万人を超す大中華圏の富裕層が検診や入院のために訪れたという。
また、シンガポールは人口の8%を占めるインド系(印僑)の存在もあり、インドの実質7%成長力をASEANに取り込む基点にもなっている。とくに、IT大国化するインドのIT関連産業集積基地、バンガロールとシンガポールを結ぶ大容量光ファイバー海底ケーブルを完成させていることは注目される。シンガポール=グアム島=米本土という海底ケーブルをインドのタタグループが握り、欧米とアジアをつなぐIT基幹インフラとなっている。港湾の整備を通じた「モノの移動の中継基地」とIT基幹インフラ確保による情報基地となることによってソフトパワーを高めているのだ。
さらには、大英連邦の一翼を占め英語圏であることを生かし、インドのみならず、オーストラリア、ニュージーランドなどとの連携を深め、欧米企業のアジア展開の中核基点として、国際情報集積力を押し上げている。ISEA(東南アジア研究所)など、東南アジアに関する地域研究を集積させたシンクタンクを育てている。現実に、アジアの情報を体系的に入手しようとする時、シンガポールに行かざるをえないという情報の磁場を形成しているのである。欧米多国籍企業のアジア展開をみても、アジア広域をにらんだ地域統括会社をシンガポールに配置し、情報収集拠点を展開する傾向が高まっている。
シンガポールに批判的な人の中には、「シンガポールは笑顔の北朝鮮」という表現をする人もいる。「シンガポールは開発独裁国家で建国の指導者リー・クワン・ユーの息子が首相に就いた。民主国家で世襲が行われるなどナンセンス」という文脈での議論である。確かにシンガポールは美しく端正な町の風情の反面、ガムひとつかんでも違法行為として処罰される厳しい統制国家という側面もある。
しかし、複雑な多民族社会情勢を背景に、ユーラシア大陸南端の小島を建国40年で今日の繁栄した国に変身させるために、リー・クアン・ユーが高い規範性を持ち込もうとしたことも十分に理解できる。外国からの訪問者にとって、タクシーの運転手から公務員までがモラルを維持し、不正や不安が少ないということは大きな価値なのである。
この春「フォード工場跡地」が新たな歴史博物館としてオープンした。1942年に6万の日本軍を率いてシンガポールに電撃侵攻したた山下奉文中将と英国軍の責任者パーシバル将軍との降伏文書のサインが行われた場所である。日本の残虐行為を糾弾するような極端な展示はなく、歴史の事実を淡々と提示している印象だが、日本人墓地に眠る「じゃぱゆきさん」の墓地なども含め、この島には、日本とアジアとの関りを再考させる様々なものが詰め込まれている。過去から未来へ、国のあり方を考えるとき、シンガポールは示唆的である。

