寺島実郎の発言

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連載「脳力のレッスン」世界 2006年11月号

「9.11」から5年目の夏の実感

「9.11」から5年が過ぎた。この5年が何であったのかを示す数字を直視せねばならない。イラクで死んだ米軍兵士の数は2,672人となった。バグダッド陥落までの米軍兵士の死者はわずかに138人にすぎなかったから、その後2,534人が死んだことになる。イラクに派遣された多国籍軍全体での犠牲者は実に2,905人となった。この数字は、「9.11」での犠牲者の総数2,982人に迫り、倒壊したWTCでの犠牲者2,749人を上回ったということを意味する。

あまりにも多くの人が死んだ。イラク人の死者は、イラク戦争の開戦後、少なくとも4万人と見られている。これは米国のイラク政策の失敗を物語るもので、イラク統治どころか、「内戦状態」といっても間違いないほどイラク内部の亀裂は深まっている。「テロをイラクで封じ込める」と言っていた開戦当初の米国の思惑は霧消し、テロは世界に拡散した。 スペイン、英国、インドネシア、トルコと拡散したイスラム武装勢力によるテロの犠牲者は560人となった。

フランスで見たもの——2つのイスラムのコントラスト

8月下旬、欧州を回った。再び、ロンドンでテロ未遂事件があり、空港をはじめ交通機関でのセキュリティー・チェックは厳戒を極め、一段と移動することが息苦しい欧州へと変化していた。欧州全体で1,500万人のイスラム人口を抱えているといわれ、かれらが差別と貧困の中で醸成している反発と不満のマグマは臨界点にあることが、訪問者にすぎない私にも感じられた。アルジェリアやチュニジアからのフェリーが到着するマルセーユを訪れたが、暗い眼をしたイスラム系の人々が作り出す空気に気持ちが塞いだ。この夏世界を沸かせたサッカーのドイツ・ワールドカップの決勝で、フランスのスター選手ジダンが対戦相手の選手から浴びせられた侮蔑的言葉に頭突きをもって逆上した背景にも、「移民の子」としてマルセーユに育ったジダンの心の闇が見える。

欧州における貧しいイスラムの屈折した心理が、テロリストへの共鳴装置となっている一方で、石油価格高騰で潤った「金持ちイスラム」がこの夏の欧州のもうひとつの主役であった。定宿としているパリのホテルは、一族郎党を率いて滞在している石油長者のアラブ人で埋め尽くされ、仰天するような体験をさせられた。5月にもそのホテルに宿泊したのだが、そのときにはあった日本語放送のテレビのチャンネル(JTV)も打ち切りとなり、数えてみるとアラビア語のチャンネルが12も放送されていた。フロントで聞くと「なにしろ日本人の滞在が少なくなって」と恐縮していた。明け方、5時前にはホテル中から地鳴りのようなコーランの祈りが聞こえ、「ここはどこだ」と困惑して飛び起きることとなった。

金持ちアラブは猛烈に金を使っているらしく、ブランド店の紙袋を抱えたアラブ系の宿泊者がホテルを占拠しているという印象であった。パリ買い物ツアーの日本人観光客が帰国に際して、空港で消費税払い戻し(タックス・リファンド)の手続きをしようとしても、束になるほどの書類をもったアラブ系の行列で3時間以上も待たされたとの話を聞いた。今年の中東湾岸産油国の石油収入は5,000億ドルを超すといわれ、その金が石油の増産投資には向わず、湾岸地域の建設ラッシュと世界的マネーゲームの財資となっている。ドバイの建設ブームは尋常ではなく、現在地上800メートルを超す世界一の超高層ビルの建設が進む。世界の高層ビルを建てる建設クレーンの二割がドバイに集中しているという。巨大なパラドックスに嘆息せざるをえない。

シンガポールで見たもの——イスラム圏としてのアジア

この夏二度もシンガポールを訪れたが、シンガポールにもアラブ系観光客は押し寄せていた。正確にいえば、欧州や米国の出入国管理がアラブ系に厳しいことへの不快感もあって、アジアを訪問するアラブ系の観光客が増えているということだ。実は、世界のイスラム人口15.7億人のうち8.5億人はアジアに存在する。「世界一のイスラム人口国家」であるインドネシアに2.0億人、パキスタンに1.6億人、インドに1.5億人、バングラデシュに1.3億人という。宗教的・文化的にも共感の得られやすい国のほうが、訪れても快適ということらしい。

マレーシアでのイスラム人口は1,500万人であるが、人口の59%を占め、その意味ではイスラム国家である。このマレーシアを中心に「イスラム金融」が拡大している。イスラム金融とは、イスラム教の教義(イスラム法=シャリア)に則った金融取引の総称であるが、マレーシアは2002年にイスラム諸国機構が新設したイスラム金融サービス評議会の本部を誘致して、イスラム金融の中核的役割を担い始めている。潤沢な中東のオイルマネーを取り込み、その規模(資産残高)はバーレーンを上回る300億ドルに達している。シンガポールもイスラム金融の育成に乗り出し始めている。

結局この5年間の勝利者は皮肉にもイランを中核とするシーア派イスラムであったともいえる。サダム・フセインを排除したものの、「イラクの民主化」がもたらしたものは「シーア派主導のイラク」であり、それは米軍が引き上げた場合、イラクの影響力が強まったイラクの出現を意味する。またこの夏、世界を凍りつかせたイスラエルのレバノン侵攻も、イランに支援されたシーア派武装勢力ヒズボラの攻撃に苛立った結果であり、イスラエルもサダム排除に安堵したものの、パレスチナでの武闘勢力ハマス政権の成立とヒズボラの攻勢に苛まれ、「中東和平」は吹き飛んでしまった。

また、ロシアと中国も「9.11シンドローム」を利して存在感を高めた「勝ち組」といえよう。アフガン攻撃までは、世界の同情は米国に向っていた。ロシアと中国も「テロとの戦い」に呼応し、アフガン攻撃を想定した米国の軍事基地が中央アジア(キルギスタン、ウズベキスタン)に配置されることを容認した。ロシアはチェチェン、中国は新疆ウィグルでのイスラム独立運動を抱え、イスラムの脅威に対する米中露による「反イスラム神聖同盟」という言葉さえ使われていた。あれから5年、中国とロシアの連携のシンボルともなっている「上海協力機構」(SCO)は、米軍基地の撤退を要求、ウズベキスタンのハナバード基地からは昨年11月に完全撤退、キルギスタンのマナス基地は「使用料の50倍への引き上げ要求」を受け、7月に存続が合意されたものの、中央アジア全域での中露の影響力の高まりは大きな潮流となっている。

SCOにオブザーバー参加して米国を揺さぶり、「核保有と原子力技術の供与」を認めさせたインドのしたたかさや、ベネズエラやイランなどにかき回され「反米ムード」を印象付けたキューバでの非同盟諸国会議(117カ国一機構参加)を思い起こしても、この夏繰り広げられた出来事を貫くものは、「米国の思うに任せぬ状況」への世界の変質である。それは、9.11後の米国が選択してはならない路線を選択したことの帰結といえる。悪漢を懲らしめる正義の保安官の乗りで、思考停止のままイラクに突撃し、テロリストを孤立させるどころか、最も避けるべき「文明の衝突」に引き込まれ、全イスラムの憎悪を煽る状況をもたらしたということである。

その米国の政策を思慮浅く支持し、「解釈改憲」でイラクにまで国際法上の軍隊である自衛隊を送り出した日本の国際的立ち位置も間違いなく地盤沈下した。「米国周辺国」にすぎないことを印象付け、21世紀アジアのリーダーの1人として主体的・創造的に国際社会に関与する「プリンシプルのある国」としてふるまうことができなかった。9月の国連総会でも続いた多くの国の首脳による「反米演説」が象徴する「米国の孤立」は日本にとっても他人事ではない。米国が国際社会の健全な関与者になることをリードし、米国をアジアから孤立させないことは、今後の日本外交の課題でもある。