連載「脳力のレッスン」世界 2006年10月号
健全な産業構造・産業観の再生を
日本の貿易統計にちょっとした異変が起こっている。数年前から、輸入の中分類上位10品目の第2位に「衣類・同付属品」が浮上してきているのである。これまでの常識からすれば、日本はエネルギーと食料と原材料を海外から輸入して生活と産業を成り立たせている国ということだったのだが、衣料品についても輸入中分類品目の第2位になるところまで海外依存しているということである。衣料品輸入がこれほどまでに増加しているのは、ファッション衣料、つまりブランド品の輸入の増加という要因も否定できない。
2005年の衣類・同付属品の輸入額が2.47兆円、それにバッグ類4,230億円、履物3,950億円、時計2,360億円、貴金属宝石類9,300億円を加えると約4.5兆円の輸入となる。無論、中国や途上国などからの付加価値の低い「低級品」も含まれるし、貴金属には工業用も含まれるので単純な決めつけは避けねばならない。だが、基本的には日本人が「ぜいたく品」といわれた高額のファッションブランドや宝飾品を大量購入している事実を示しており、ブランド品輸入大国日本を象徴する数字である。
フランスのビジネスマンから、「ルイ・ヴィトンをはじめとするファッションブランド製品の7割は日中韓の3カ国に買い支えてもらっています」という話を聞かされ複雑な心境になったが、昨今の銀座を歩いてみれば、老舗といわれた店が姿を消し、次々とファッションブランドの店舗にビルごと変わっていることに気付く。「ブランド品にはそれだけの価値がある」という神話も分らないわけではないが、何かがおかしい。そして日本経済の基本構造が危うくなってきていることに気付かざるをえない。もう一度、整理して考えるべき局面である。
日本は何で稼いでいるのか
日本経済を一家の家計とするならば、内部で分配を巡っていがみあっても、誰かが外からお金を稼がねば生活はできない。今、我々の国の産業で外から金を稼いでいるのは、輸出の上位品目を支える産業であり、昨年の実績でいえば、1位自動車、2位半導体等電子部品、3位鉄鋼、4位自動車部品、5位科学・光学機器ということになる。この5品目で日本全体の輸出65兆円の34.5%、実に3分の1以上の外貨獲得を支えていることになる。
とくに、自動車産業への依存が際立つ。自動車と自動車部品で日本の輸出の19.4%、約2割を占めている。1990年の時点では21.6%を占めていたから若干比重は下がっているが、この15年間の自動車産業の国際展開を考えるならば、驚きを禁じえない。
昨年の自動車の国内生産は1,080万台、日本の自動車メーカーの海外生産台数は1,060万台とほぼ肩を並べた。とくに、米国での現地生産台数は338万台、対米輸出は166万台と、輸出の倍以上の現地生産を行っているということである。1990年の実績に比べて、国内生産は269万台、輸出は78万台も減少しているのだが、依然として自動車が日本の輸出のトップ品目を占め続けている。それは、輸出台数は減っても単価の高い車、例えばトヨタでいえばレクサスのような高級車、プリウスのようなハイブリット車を国際市場に投入することによって付加価値の高い輸出構造を創造したことによる。この間の自動車メーカー、それを支えた自動車部品メーカーの努力には敬服せざるをえない。
小泉政権の関係者の中には、「銀行の不良債権の償却が一巡したから、日本経済は実質2%台の成長力を取り戻した」などと語る人もいるが、本末転倒の議論である。日本産業が復活した要因は研究開発と効率経営に徹した企業による「産業力」以外のなにものでもなく、金融は触媒的要素にすぎない。「失われた10年」などといわれながら、1990年からの15年間で、対ドルレートが145円から110円へと円高が進む中で、輸出を24兆円も増加させた産業力が再生の基軸だったのである。
稼ぎをどう使っているのか
さて、血の滲むような努力で蓄積した産業力を生かして実現した65.7兆円の輸出で得た外貨を、日本はどのように使っているのであろうか。よく言われるごとく、まずエネルギーと食料の輸入のために使っている。
エネルギー、つまり原油をはじめとする鉱物性燃料の輸入が14.5兆円であり、それは輸入総額56.9兆円の25%を占める。「日本は1日500万バーレルの石油をがぶ飲みする怪獣」という表現があるが、産業力を利して買える力があるから、化石燃料を潤沢に輸入することができる、という構造は否定できない。しかし、それが「エネルギーの外部依存の高さ」という日本経済に内在する虚弱性をもたらしているともいえる。
次に食料、食べ物全体の輸入総額は5.6兆円で、輸入に占める比重は9.8%である。日本の食料自給率はカロリーベースで40%とされ、日本人は食べ物の6割を海外に依存していることになる。米国や欧州の主要国はほぼ食料自給率100%以上であり、食の安全保障については磐石の基盤を確保しているのと対照的である。つまり、化石燃料と食料で輸入の35%を占めているわけで、輸出力が国際収支の天井を押し上げたために、ふんだんにエネルギーと食べ物を海外から買える国になったということである。加えて、先述のようにファッション衣料をはじめとする「ぜいたく品」を湯水のごとく輸入し消費する国になったのである。生存条件を支える基本要素たるエネルギーと食料の外部依存を高めるだけでも危い構造なのに、生存条件とは無関係の「ぜいたく品」を買い漁る構造がとても健全とは思えないのである。
国際収支の天井といわれた時代
日本の1人当たりGDPが1,000ドルを超した1966年以降も、日本の貿易バランスは不安定で、1970年、大阪万博の年でも貿易収支の黒字は1,571億円にすぎなかった。73年の石油危機後の3年間と79年石油危機後の2年間には貿易収支は赤字に転じ、安定的に黒字化したのは80年代以降、日本の産業力の確立を反映するものであった。つまり貿易収支の黒字構造が定着したのはこの四半世紀のことで、この間に日本人の感覚は、国際収支を気にすることなく外からモノを買うことを「当たり前」とするようになってしまった。また、「産業構造のモノ離れ」といわれ、モノを生産して交易する時代から「サービス、技術、システム、知財、ソフトウェア」など目に見えない財の交換が付加価値を生む時代への変化を背景に、生活の基本財や贅沢財を海外に依存することに無神経になってきたという面も否定できない。さらに、冷戦終焉後の「グローバル化」が加速させた経済のマネーゲーム化(金融派生型商品取引の肥大化)が、モノの世界への関心を希薄化させたということも指摘できる。
だが、加工貿易立国で高品質のモノを生み出す産業力を実現した日本としては、今こそ産業力を重視する「健全な産業観」を再生すべき時である。まず、エネルギーと食料の過剰なまでの外部依存の高さを産業技術力によって解決する努力が必要であろう。例えば、省エネルギー技術の集積を通じたエネルギー利用効率のさらなる改善をはじめ、技術を生かした集約的農業開発、バイオ燃料など植物からの再生可能エネルギー源の開発などによって産業の基盤体力を高める努力が求められる。単純に一国自給率だけではなく、東アジアとの広域連携の中で、エネルギーや食料の需給の安定化を主導していくべき時代であるが、エネルギーや食料の問題に真摯に取り組む試みは、それに参画する人々を通じて産業の「空気」を変える。技術やモノつくりを尊ぶ空気は生活を質実剛健にする。飽食と物欲に埋没した状況への冷静な問題意識を醸成し、重心の低い産業構造を創造しなければ、産業力を蓄積し「豊かな生活」を実現してきたことの意味がない。

