寺島実郎の発言

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連載「脳力のレッスン」世界 2006年3月号

中国を脅威とする前に―試される日本の胆力

中国を脅威とする見方が勢いを得ている。野党民主党の前原代表までが「中国は脅威」とする発言をして波紋を呼んでいるが、世論調査などでも国民意識において「中国は脅威」とする意見が多数を占め始めている。

中国脅威論は性格を変えてきた。数年前は、中国脅威論は「日本空洞化論」と裏表であった。日本の製造業の中国への生産立地が加速する中で「このままいけば日本産業は空洞化する」という文脈で語られており、「やがて中国が日本を凌駕する」という経済産業論的な中国脅威論であった。ところが、この文脈での中国脅威論は急速に消え去った。この数年、「中国に依存して景気を回復する日本」という構図が鮮明になってきたからである。

代わって、昨年春の「反日デモ」などを境に、中国の政治リスク、軍事的脅威などを指摘する声が強くなった。確かに、中国の脅威という視点でこの国が内在させる問題を直視すれば、様々な問題があることも事実である。「中国の軍事費は10年以上も二桁の増加を続け、発表ベースでドル換算300億ドル水準にあるが、実態は日本の500億ドル水準を上回り、しかも内容が不透明であること」「環境汚染問題、知的所有権問題などに関し、国際ルールを遵守する形になっていないこと」「資源ナショナリズムに傾斜し、資源争奪戦において国際不安要素となっていること」などという指摘は間違いではなく、中国への心理的反発や不信を醸成する要因となっている。しかし、ここはもう一度冷静な思考を取り戻すべき局面であろう。

ネットワーク型発展の局面に入るアジア

日本の貿易構造の変化が加速している。2004年の日本の貿易総額に占める対米貿易の比重は18.6%、対中貿易の比重は16.5%、さらに中国に香港、台湾、シンガポールを加えた「大中華圏」との貿易比重は28.3%、アジア全体との貿易比重は45.7%となっていたが、2005年には一段と変化が加速した。対米貿易の比重は17.9%とさらに低下、対中貿易の比重は17.0%と対米貿易とほぼ肩を並べた。大中華圏との貿易比重は31.2%にまで高まり、アジアとの貿易比重は46.7%と5割に迫ってきた。つまり、アジア、とりわけ中国・大中華圏との連携で活力を取り戻す日本産業という姿がより明確になったということである。

つい先日まで、日本の経済人の多くは「アジアは日本を先頭として、中進工業国、中国、インドなどが次々と雁が渡るように離陸して発展過程を辿る」という「雁行形態論」でアジアの経済発展をイメージしていた。ところが、既にアジアは双発エンジンどころか多発エンジンが支える形での発展過程に入っていると言わざるをえない。つまり、日本が先頭に立つというのではなく、日本も中国もインドもASEAN諸国もそれぞれ特色のあるエンジンとしての役割を果し始めている。

アジア域内の相互貿易が拡大しているのみならず、アジア域内の相互投資も増大してアジア経済の相関性が一段と深化している。アジア各地に進出している日本企業の生産工場も、日本との輸出入だけに支えられた物流戦略を超えて、最適SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)を目指してアジア各地から最適かつ効率的な原材料、中間財、部品の調達を実現し、最適な製品販売態勢の確立を指向しつつある。アジアとの相関の中で生きていかねばならないことは日本産業にとっても必然的な流れなのである。

日本が脅威だといわれた1980年代末

オンリー・イエスタデーという言葉があるが、15年程前の1980年代末から90年代初頭にかけて、米国において「日本脅威論」が盛んだった頃があった。隔世の感があるが、米国の日本に対する猜疑心が燃え上がり、日本の台頭の危険性が指弾されて「ジャパン・バッシング(日本たたき)」などというフレーズが使われたのである。

例えば、タイム誌は1988年7月4日付の日本問題特集で「スーパー・リッチからスパー・パワーへ」と題して、日本が経済力だけでなく政治・軍事力を持ち始めていることに警鐘を鳴らしていた。この時、同誌が「日本が脅威である理由」として提示した5つの論点を、その後の経年変化の中で再検証してみると興味深い視界が開けてくる。

第一点は「日本は国連の予算の11%を負担、それは米国に次いで第2位」というものであった。この点について、その後の経緯をみると日本の国連分担金の比重は19.5%にまで拡大している。

第二点は「日本の防衛予算は300億ドルを超し、米国・ソ連に次いで第3位、英国やフランスをも上回る」というものであったが、2006年度予算では4.8兆円(約450億ドル)で、世界第2位の水準にある。

第三点は「日本の海外援助は10億ドルで、米国の9.2億ドルを上回り、世界最大の援助国」というものだったが、近年の予算縮小傾向の中でもODAの二国間贈与だけで60億ドルの規模となっている。

第四点は「日本のネット対外債権(対外純資産)は2400億ドルと世界最大の債権国で、米国は4000億ドルのネット対外債務を抱える世界最大の債務国」とされていたが、日本の対外純資産はその後も増大を続け、2004年末には1.8兆ドルと世界一、米国の純負債は2.7兆ドルにまで拡大している。日本は16年連続の世界一の対外資産を持つ金持ち国家なのである。

第五点は「日本は自国防衛のため53隻の駆逐艦を保有し、これは米国の第七艦隊が西太平洋とインド洋をパトロールしている規模の2倍以上」とされていたが、現在は護衛艦54隻、哨戒艦7隻、機雷艦31隻、潜水艦16隻など計38.5万トンを保有、世界第2位の海軍力を有している。

さて、この5つの論点を総括するならば、現在の日本の方が1988年時点よりもはるかに「脅威」とされても不思議ではないのだが、「失われた10年」を経て誰も日本を脅威だといわなくなった。存在感が希薄化したということである。但し、話は微妙で、時代の空気が変われば再び日本が脅威とされかねない構造が潜在しているということでもある。

「枯れ尾花に脅える」という言葉があるが、不安の心からすればすべてが脅威に見える。つまり、脅威とは不安の心理を内在させた自分の顔が鏡に映るようなものである。その気になって思い詰めれば、何もかもが脅威の対象となる。日本を取り巻く状況の中で、中国だけが潜在脅威なわけではない。例えば、プーチンのロシアも天然ガスと石油を合計した供給力で世界一となり、エネルギー供給力と軍事力を際立たせた不気味な統合国家としての性格を強めており、この国といかに向きあうかは21世紀日本の潜在脅威でもある。

視点を変えれば、同盟国たる米国でさえ日本にとって脅威となりうる要素を内在させている。事実、9.11以降の展開において、アフガンからイラクまで「アメリカの正義」のための戦争に引き込まれたが、米軍再編を通じて米国の世界戦略に思考停止のまま加担して米国のサブシステムとなることの危険が存在しており、最大の同盟国が不必要な戦争の災禍をもたらす可能性も否定できないのである。

結局中国については、粘り強くこの国を国際社会の健全な参画者として招き入れることが潜在脅威を紛争化させないための大切な知恵である。中国が北朝鮮のような国際社会のアウトロー国家として存在していたら、その脅威は計り知れないわけであり、国際ルールに参画・遵守する国としての発展を促すことが日本の国益でもある。そのためには、自らが国際社会の脅威とならないためのバランス感覚が問われるのである。