寺島実郎の発言

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連載「脳力のレッスン」世界 2006年1月号

「大ロシア主義」へ回帰するロシア

1991年にソビエト連邦が崩壊して15年、多くの日本人は混迷続くロシアを目撃してきたためか、「ロシアなど大した国ではない」という見下した感覚を身につけてしまった。しかし、「日本近代史とはロシアの脅威と向き合った百年」といわれるごとく、北の大国ロシアの存在感は重く、しかもこの数年のロシアが世界の成長牽引ゾーンとされるBRICSの一翼を占める地位に復活し、不気味なまでの自信回復過程にあることを注目せざるをえない。 

ソ連崩壊とは何だったのか

ソビエト連邦とは、社会主義イデオロギーで武装した大ロシア主義の実験であったともいえる。1917年のロシア革命に至る数百年の間に、帝政ロシアは領土拡大を続け、18世紀末までにポーランドの一部、バルト海・黒海・カスピ海の沿岸地域を獲得し、19世紀末には中央アジア全域とアムール川周辺の中国の領土も併合していた。1867年に広大なアラスカを「エーカー当り二セント」という価格で米国に売却したが、国土面積2240万平方q、実にユーラシア大陸の41%を占める版図を誇っていた。ソビエト連邦はその国土を維持したのみならず、第二次大戦後、その実質的支配力は帝政ロシアの時代においても実現できなかったほどの地域にまでに拡大した。社会主義イデオロギーによる「鉄のカーテン」によって欧州を分断して東欧圏を傘下に収めたのみならず、中央アジアから極東・カラフト(サハリン)まで、ユーラシア大陸の半分以上を支配・影響下においたといえる。

その栄光のソ連邦が崩壊した。失った領土は約532万平方キロ、日本の面積の14倍以上に相当する。とくに、バルト三国、ウクライナの独立によって西と南の海であるバルト海、黒海への出口を失った。つまり、凍らない海の出口は日本海側だけとなったのである。また、東欧圏諸国の欧州回帰が、EUの25カ国体制への移行に帰結することによって、ロシアは欧州と緩衝地帯なしに国境を接することになった。

戦争に敗れたわけでもないのに、ゴルバチョフが登場して以来、市場化と情報公開によって、社会主義体制の内部矛盾が噴出して自壊していく過程を体験したロシア人の自尊心は大いに傷ついた。国家経済が破綻していくことの恐怖は、為替レートの崩壊となって現れる。ロシア通貨ルーブルの価値(対米ドル為替レート)は、ベルリンの壁の崩壊、ソ連解体を経て、1998年の1000分の1デノミ実行もあり、最低水準にまで貶められた2001年には1985年の公式レートに比し実に5万分の1(デノミ分要素を考慮すれば50分の1)に減価した。1988年に世界GDPの16%を占めていたソ連経済が、現在はわずか1%程度にまで下落しているが、経済規模がある日突然縮小したわけではなく通貨の下落がもたらした悲劇なのである。

ソ連が崩壊して、ゴルバチョフ、エリチェンと苦闘の時代を経て、2000年5月にプーチン大統領が登場した時は、正に「混迷のロシア」の印象が強く、ロシアの前途に不安を感じさせたが、その後のロシアは瞬く間に経済を回復させ、この数年は実質年率7%前後の成長を実現、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)と世界の経済ジャーナリズムが名付けた成長エンジンの一翼を占める存在にまで蘇ってきた。その最大の要因はエネルギーの増産にある。

エネルギー供給大国としてのロシア

21世紀のロシアは、世界のエネルギー問題を左右するエネルギー供給大国となるであろう。既に2004年の段階で、ロシアは天然ガスの生産(石油換算5.3億トン)においては世界一、原油生産(日量929万バーレル)においてもサウジアラビアに次いで第2位である。石油とガスの合計では石油換算で日量1944万バーレルとなり、第2位の米国の1660万バーレルを上回る世界一のエネルギー供給国にのしあがったのである。

将来に向けて、戦略的動きを加速させている。例えば、バレンツ海でのガス開発である。本年9月、ロシアはノルウェーとの間の懸案事項だったノルウェーとの国境線の沖合いでのバレンツ海シュトックマン・ガス田の共同開発に合意を形成した。ガスプロムとノルウェー側の2社(スタトイル、ノルスク・ヒドロ)に加え、米系のシェブロンとコノコ・フィリップ、さらにフランスのトタールの5社の共同開発となったが、200億ドルの先行投資を要し、埋蔵量3.2兆立方Mという巨大開発であり、欧州のエネルギー需給にとって極めて重要なプロジェクトになるであろう。カスピ海沿岸やサハリンでの開発案件に加え、ロシアが供給源を握る流れが形成されつつある。

プーチン政権は「エネルギー」を内政外交ともに戦略基軸と位置付けているようである。内政的には2003年の「ユーコス事件」に示されたごとく、資源ナショナリズムをテコにエネルギーの国家統治を強め、政権基盤の構築に利用している。民営化された石油事業のシンボルでもあったユーコス社のホドロコフスキー社長を逮捕、脱税や国家資産横領などの罪でシベリア送りとした。また、ガスプロム初代総裁でエリツエン政権時の首相だったチェルノムィルジンを更迭してガスプロムへの国家支配を高め、エネルギー産業全体を国家戦略下に置く体制構築を進めた。

また、「オレンジ革命」によってロシア離れを強めるウクライナのユーシェンコ政権に、ウクライナのエネルギーの8割はロシアが供給していることを武器に、エネルギー価格を3倍に引き上げるという圧力をかけ、ウクライナのロシアとの関係修復を誘導したり、シベリア・パイプライン経由でのエネルギー供給を最大限に活用して、中国や韓国への影響力を強めたり、したたかなエネルギー外交を展開している。この延長線上に見えるのは、エネルギーと軍事力だけを突出させた歪んだ大国としての21世紀のロシアである。

日露関係への不安

11月20日、プーチン大統領が訪日した。沖縄サミット以来、5年ぶりの訪日だったにもかかわらず、北方四島問題の解決どころか、共同声明さえない形で終わり、現在の日露関係を象徴するものとなった。基本的には、自信回復したロシアにとって、日本の位置付けが相対低下したことを意味する。

中国・韓国での「反日デモ」、国連常任理事国問題でみせたアジア諸国の日本への不支持など、アジアからの孤立を際立たせる日本は、ロシアにとってもアジアのリダーとして重きを置くべき存在ではなくなってきた。

注目すべきは、ロシアと中国との連携の強化である。96年にスタートした「上海ファイブ」(中国、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンの協力体制)は、ウズベキスタンやモンゴルまでも参画する「上海協力機構」として結束を深めており、本年6月の会合にはインド、イラン、パキスタンもオブザーバー参加し、ユーラシア大陸における大きな協力ゾーンが形成されつつある。背景には、米国の一極支配に対する拒否という共通意思が働いていると判断される。

その中核として中露連携が深まっており、8月には中露合同軍事演習を実施している。また、9.11以後、アフガン攻撃を想定して米国が布陣した中央アジアの米軍基地(ウズベキスタン、キルギスタン)の撤収を要求し始めており、ここでも次第に自信回復するロシアの意思と中国の思惑が交差している。こうしたユーラシアの変化に、日米同盟の強化だけで対応しているかに見える日本外交の視界の狭さに不安を禁じえない。