連載「脳力のレッスン」世界 2005年7月号
欧州で考えたこと〜欧州と中国、そしてスイス
5月は欧州を回り、パリからエールフランス機で北京に入った。欧州と中国の距離は近い。飛行距離で8,200km。モスクワのかなり北を飛ぶルートから南下したので、直線距離は7,500 km程度であろう。飛行時間は九時間半、フランクフルトからなら8時間半だから、日本と欧州間のフライトよりも3時間前後も短い。
この距離感は、欧州と中国の関係の密度の高さを象徴するものでもある。機内はほぼ満席で、フランス人ビジネスマンも数多く座っていたが、半分以上は中国人であった。昨年の中国の海外渡航者は2,885万人となり、1,683万人だった日本の海外渡航者を1,200万人も上回った。ただし、1,000万人前後は香港への訪問者といわれているから、両国の海外渡航者が肩を並べたというべきなのであろう。欧州への渡航者も300万人以上、ロンドンでもジュネーブでもパリでも、やたらに中国人観光客を見かけたが、台湾、香港、シンガポールなどの大中華圏の華僑ビジネスマンの動きも活発なため、「中国人」の存在感が目立つという事情もある。
中国の国際化の鍵握る欧州
4月の中国での「反日デモ」騒動のその後の推移を見ていると、中国政府の対応に変化が確認でき、事態の拡大を避けようとする意思が見え始めているが、実は欧州の牽制、抑制という要素が大きかったことを再認識せざるをえない。英国のタイムズやガーディアン、フランスのルモンドも「デモを事実上容認している中国政府の姿勢は正当化できるものではなく、ナショナリズムをもって現政権の正当性の根拠とする手法の危険」を指摘した。こんなことでは国際世論から孤立し、北京五輪や上海万博の開催さえ危うくなるという判断が中国政府にブレーキを踏ませたといえる。
それほどまでに中国は欧州の目線を気にしているということであり、欧州に配慮せざるをえないのである。中国にとって貿易相手としてEUは最大で、輸出先としては米国に次いで2位、輸入元としては日本に次いで2位だが、貿易総額では第1位の相手(2004年)である。欧州企業の海外直接投資先としては、かつて東側といわれた中欧、東欧、旧ロシア地域向けが先行しているが、このところ対中投資も急増しており、中国への投資元としては、欧州の比重は重い。
また、ドイツが中心となって対中武器輸出の解禁を主張し、解禁に反対する米国や日本との対立事項となっている。英、仏、独の3カ国で世界の武器輸出の2割強を占め、軍事費削減で苦境にあるEU軍事産業の新規市場開拓を中国に求めるという事情が背景にある。さらに、EU共同プロジェクトの一つであるGPS衛星の打ち上げ(ガリレオ計画)に中国も参加を表明しており、米国の軍事衛星に依存せざるをえなかった従来の全地球位置測定システム(カーナビゲーションなど)に競合する新システム構築おける中国と欧州の連携までが模索されている。昨年末には、シラク仏大統領がフランス企業50社を同行させて訪中、鉄道車両やエアバスなど40億ユーロの契約に成功し話題になったが、ドイツやフランスの首脳が中国に乗り込み、あからさまな対中売込みを展開している。中欧関係は着実に深まっている。
中国がWTO(世界貿易機関)に加盟して四年が経つが、ジュネーブのWTO本部の前に、中国人観光客のバスが止められ記念写真をとる姿が目撃される。それほどまでに中国にとってWTO加盟は「国際社会からの認知」の象徴となっているのであろう。逆にいえば、中国の国際社会のルールやシステムへの参画はまだまだ不十分な段階にあるということである。中国は国連安保理の常任理事国であり、ほとんどの国連専門機関に加盟しているが、国際ルールやシステムに必ずしも責任ある形で参画しているとは思えない面もある。例えば、知的所有権の尊重や環境保全への参画などの面で、中国は国際社会の責任ある関与者とはいえないのである。日本の国益としては、中国が「開かれた国」「国際ルールを遵守する国」に向かうことが重要であり、その方向への誘導・協力が不可欠である。
世界の相互依存関係が深化していく中で、近隣の国との関係さえも広い国際関係の中で構想・構築していくべき時代なのである。北朝鮮問題にしても、日本人は「拉致」「核開発」という文脈で、さぞかし北朝鮮は国際社会から孤立した「ならず者国家」と位置付けられていると思い込みがちだが、欧州に行ってみると、今世紀に入って欧州主要国と国交を樹立、大使まで交換しており、外交攻勢に出ていることが分る。北朝鮮は既に世界154カ国と正式の国交を持ち、国際社会での自己主張を展開しているのである。
日本としても、近隣の国との関係に熱くなって、頭に血が上るのを抑制し、国際社会の中でしなやかに自己主張し、問題を制御していく視界の広さが求められる。そのためには、自らも国際社会のルール、システムづくりに積極的に参画することが大切で、その主要舞台としての欧州との関わりが重要なのである。
国際化のプラットフォームとしてのジュネーブ
欧州の諸都市はそれぞれに人を惹きつける魅力をもち、国際舞台としての歴史を蓄積してきたが、際立って国際中核都市としてのユニークな存在感をもつのがジュネーブである。国連欧州本部があり、WTO,ILO,WHOなどの国連機関の本部が15も集中している。年間40万人の国連関係者とそれに倍する学者、ジャーナリストが訪れる国際情報の磁場を形成している。もし、ジュネーブに国連欧州本部がなければ、ジュネーブはスイスの山岳観光の出入りの町にとどまっているであろう。
これだけ国連機関が集中しながら、スイス自身は長いこと国連に加盟してこなかった。国連の基本性格が、第二次大戦の戦勝国連合であり、設立時に「中立国」には声がかからなかったという事情もあるが、1815年以来の永世中立国スイスにとって、国連加盟によって生じる国連の法体系遵守の義務と、国際的に認められた中立法や戦時国際法との整合性がとれず、折り合いがつかないという本質論が横たわっていたからである。ところが、そのスイスが2002年についに国連に加盟した。このスイスの決断とその後の経緯は、日本においてもっと注目されていい。
第二次大戦後のある時期まで、日本においては、スイスは最も愛され、好まれる存在であった。その理由は、GHQのマッカーサー司令官が「日本は東洋のスイスたれ」と再三発言したこともあり、「平和主義、永世局外中立」を体現した国家モデルとしてのイメージが構築されたからであった。しかし、自衛隊の創設など日本の再軍備が進む過程で、日本におけるスイス像は変化し、日米安保の改定で国論が二分された1960年前後からは、スイスが国民皆兵に支えられた「武装中立国家」であるという実像が報告され始め、「外敵からの侵攻にはハリネズミのように身を守る軍事国家スイス」というイメージが定着し、スイス人気は後退した。
今、新しい文脈でスイスが注目されるべき理由は、国連加盟下のスイス国軍の位置付けが日本の自衛隊の在り方に示唆的だからである。専守防衛に徹し、国外に軍隊を展開しないという原則を守り抜きながら、国連での役割を果すという部分的中立の原則がいかなる形で貫かれるのか注目される。
スイスの国連加盟の背景には、国連が戦勝国、とりわけ五大国の利害だけを反映する機関から、国際的課題への意思決定のための機関へと徐々に進みだしているとの認識もある。国際協調と自己主張の線引きをみつめる政策論において、スイスの苦闘に学ぶべきものは大きい。

