連載「脳力のレッスン」世界 2005年3月号
石油価格高騰の怪–エネルギー市場のカジノ化
2004年の世界全体のGDPの実質成長率は前年比4.1%程度だったという。21世紀に入っての世界経済は、01年1.0%、02年1.9%、03年2.6%、そして04年4.1%の実質成長と異様なまでの右肩上がりの成長を続けてきたわけである。「20世紀はアメリカの世紀」といわれ、覇権国といわれるまでにのしあがった米国が20世紀100年をかけて実現した年平均の実質成長が2.1%と推定され、途上国を含む世界全体が4%もの成長をするということは、過熱ともいうべき成長軌道を世界経済が走っているということである。
しかも、「高成長の同時化」という局面にあり、マイナス成長地域がなく、先進諸国のみならず、BRICSといわれるブラジル、ロシア、インド、中国をはじめ世界中が押並べて高成長を同時化させるという状態にある。
「3つのE」という表現あり、ECONOMY(経済)とENVIRONMENT(環境)とENERGY(エネルギー)の適正なバランスが重要であるといわれる時代において、地球全体の経済が4%もの成長をすることは「持続可能な成長なのか」という問い掛けを自問せねばならない状況なのである。
今年は京都議定書が発効する年である。地球環境保全についての問題意識が強く問われる年となるであろう。また、先物の原油価格が昨年バーレル50ドルを超す高騰をみせた背景に世界経済の4%成長による需要増があることも否定できない。世界のエコノミストの平均的予測値では、2005年の世界経済の実質成長は3.1%程度とされている。昨年に比べて減速という見方もあるが、適正成長へのソフトランディングという見方も成立する。成長を至上とする思考の陥穽こそ直視すべきであろう。
エネルギー価格形成の変質
1990年代末にはバーレル17ドル前後で推移していた石油価格が40ドル台にまで高騰した理由として、中国をはじめとするアジアの石油消費増、イラク情勢など中東の供給不安が指摘されてきた。確かに、実質9%台の成長を続ける中国の石油消費増は凄まじく、2003年には594万BD(日量バーレル)と日本の542万BDを上回り、中国が世界第二位の消費国となった。咋年の消費は633万BD(日本は574万BD)となった。「日本は一日500万バーレル以上の石油をがぶ飲みする怪獣のような存在」という表現がなされてきたが、中国はそれを上回る巨大怪獣になったということである。ただし、中国は生油国でもあり、1992年までは輸出国だった。したがって、日本がほぼ全量輸入なのに対して、2003年の中国の石油輸入は185万BDであったが、咋年は260万BDに達しており、2008年までには日本並みの輸入国になるであろう。
中国をはじめ成長を加速させるアジアの石油消費が増加していることも確かだが、世界に決定的な石油の需給ギャップが生じているかというと、それは正しくない。現状では、石油の供給力は安定的に確保されているといえる。例えば、ロシアの石油生産は順調に拡大し、昨年の石油生産は実に923万BDと、世界最大の産油国といわれてきたサウジアラビア(870万BD)を抜いてロシアが世界最大の産油国になった。その背景には「米露石油同盟」という構図があり、米国の石油メジャーが古くなったロシアの油井のリハビリに参画しているからであるが、石油価格が高いこともあってロシア経済の追風となり、プーチン政権の自信回復を支えているのである。また、北海原油も610万BD水準の生産を続けており、混迷するイラクでさえ230万BDレベルの生産力を回復している。
したがって、OPECが生産枠を調整しなくとも、現実にはそれほどの需給逼迫が生じているわけではないのである。確かに、「埋蔵量の発見が頭打ちとなり可採埋蔵量の増大を生産量の拡大が上回った」とか、着実な需要増によって「供給余力と需要のギャップが縮まり続けている」などの説明がなされ、石油価格の高値安定持続という空気を形成していることも見逃せないが、石油価格が40ドルを超すような需給要因は存在しないと断言できる。それでは何故石油価格は異常なほどの値上がりをしてきたのか、それは投機的要素による価格の押し上げとしかいいようがない。
WTIなるものの怪
石油価格の先物指標として新聞報道などで頻繁にとりあげられるのがWTIである。「WTIではバーレル何ドル」というのが常に注目されているといえる。WTIのWTはウェスト・テキサスのことで、すなわち米国ヒューストン地域の石油価格指標という意味である。WTIの実需は70万BD程度であるが、WTIがニューヨークの商品市場に上場されオンライン・トレードを含め1日1.5億から2.0億バーレルの原油が取引されている。世界の原油生産はOPEC、非OPECを含めて一日8000万BD前後であり、実需70万BDにすぎないWTIが2億バーレルもの取引を行うことの不自然を考えるべきである。つまり、石油価格というものが需給要素を離れて、極めて投機的な要素によって決定されていることを示すものである。
1990年代以降、所謂「グローバル化」の進行の中で、石油という商品の基本性格が変わった。「石油のコモディティー化」という言葉が使われはじめ、石油価格は73年石油危機の時代のごとくOPECなど供給側の価格カルテルによって決められるものではなく、市場が価格を決める時代がきたといわれ、石油も国際市場商品の一つになったとされた。
冷戦終焉後の世界で加速したのは「グローバル化」という名前の競争主義・市場主義の浸透であるが、エネルギーにも市場主義の時代が来たということである。しかし、市場なるものの魔術ではないが、市場を左右する要素が歪み始めた。90年代央にはIT革命によって需給の状況が的確に掌握できるようになり、情報ギャップによるパニックが起こる可能性は少なくなったという楽観論が主流だったが、皮肉にも情報ネットワーク技術革命によって石油取引のビジネスモデルが変質し、「デリバティブ」に象徴されるマネーゲームとしての石油取引が増幅され始めた。その帰結が先述のWTI取引の肥大化であった。我々自身が「エネルギー市場のカジノ化」に脅かされる事態に直面しているのである。
先述のごとく、日本は一日約500万バーレルの石油を輸入している国であるから、石油価格が1ドル上がることは一日当たり500万ドル、つまり5億円の支払い増となる。年間では、日本経済にとって1800億円以上ものエネルギーコスト増加となる。石油価格は他の一次エネルギーコストとも連動しており、一次エネルギー供給に占める石油の比重を5割として実際にはその倍のコスト負担増になると思われる。したがって、原油入着価格がこの五年間でバーレル20ドル上昇したということは、エネルギーの外部依存の高い日本経済にとって、ざっと年間7兆円以上のエネルギー代金支払い増となってのしかかってきたことを意味する。
かつての73年と79年の石油危機といわれた時代に比べて危機感がないのは、円高へのシフトによって価格上昇が吸収されているからであるが、それでも1995年に1694円にすぎなかった円建てベースでの原油入着価格は、2004年にバーレル3970円と、1990年の3459円を大きく上回った。日本経済が石油価格の動向で揺さぶられる脆弱な構造にあるという事実は変わっていない。

