寺島実郎の発言

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連載「脳力のレッスン」世界 2005年1月号

ブッシュ再選と世界の運命

51対49ではあったが、結局ブッシュ再選となった。本来、二期目を目指す再選選挙とは信任投票であり、イラク戦争時に9割近くの支持を得ていたことを思えば、薄氷を踏むところまでブッシュも追い詰めたれたわけで、それだけ米国民の迷いも深かったということである。

今回、ブッシュが勝った州をみつめると、それらは「日本人が知らないアメリカ」であることが分かる。昨年、317万人の日本人が米国を訪れているが、その9割以上は、グアム、ハワイ、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、シカゴ、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルチモア、ワシントンという地域を訪れており、つまりケリーが勝ったアメリカだけに集中しているのである。内陸部のブッシュが勝ったアメリカについては日本人の理解の外というのが現実である。

内陸部アメリカの性格

内陸部のアメリカは、ある意味では「健全なアメリカ」といえる面もあり、沿海部の都市化されたアメリカが商業主義に埋没し、マネーゲームに狂奔する姿をあからさまにしているのと対照的に、額に汗して勤労する価値を尊び、週末には教会に行って神に祈りを捧げる人達が層厚く存在している。同時に、それは「内向するアメリカ」を捧げる基盤でもあり、ほとんど海外の出来事に目を向ける機会はないということでもある。アメリカ人全体におけるパスポート保有率はわずか14%にすぎず、内陸部アメリカでは一割を割り込む。ちなみに「島国根性」などといわれる日本でさえパスポート保有率は26%である。

今回の米大統領選挙に当たっての世界各国の世論調査では、ロシアとイスラエルを除き、日本を含め大方の国では単独覇権主義に傾斜するブッシュ政権の継続を支持しないという世論が優勢であった。にもかかわらず、そうした声は内陸部アメリカには届かない。専ら地域社会の出来事のみ報じるローカル紙しか読まれないということなども影響しているが、「外国から米国の政策にとやかくいわれる必要はない」といったメッセージに拍手が起こる土壌が存在しているのである。

イラク戦争終結宣言から一年半、イラクの状況が改善されないことを背景に、イラク問題がブッシュ政権の継続の賛否を決定付ける最大の要素だったことは間違いない。CNN調査によれば、イラク戦争を支持するという人の85%がブッシュに投票し、イラク戦争を支持しないという人の87%がケリーに投票したというのである。イラク戦争を支持する心理と内向するアメリカとが共鳴しているのである。

イラク戦争への賛否を巡って世論が二分される中で、「宗教」とか「道徳」といった要素が微差で競り合う州において、マージンのところで微妙な影響をもたらした。例えば、ここをとればケリー当選となったフロリダ州は、4%差でブッシュの州となったが、この州の人口の11%を占めるヒスパニック(スペイン語を話すアメリカ人)が鍵を握る形となった。ヒスパニック票は、従来の傾向としては7対3でリベラル色の強い民主党に向かってきたが、今回は二分され、6対4でブッシュ支持に向かったとされる。ヒスパニック票の比重を約10%としても、6対4か4対6かが4%の差につながるわけで、極論すればこの差が全米の選挙結果の帰趨を決めたのである。何故、ヒスパニックのブッシュ支持が増えたのかといえば、「同性愛の権利」とか「妊娠中絶」に関し、ブッシュの非寛容なメッセージが、むしろ道徳的と受け止められ、カソリックが多いヒスパニックの宗教心を惹きつけたのである。

ブッシュは保守層を垂直に掘り起こす戦いに集中した。9.11以降の「アメリカの安全」に不安を抱く保守層の心理に訴え、「アメリカの価値」が崩壊していくことへの危機感を揺さぶった。主たる舞台は教会となり、例えば7400万人いるといわれる福音派プロテスタントなどが投票に駆り出された。ケリーは水平に支持を拡大する選挙戦を戦ったが、中間ゾーンを取り込むためにメッセージが曖昧化し、訴求力が弱かった。挑戦者が現職を破る選挙においては、例えばクリントンやJFKのごとく、未知数の魅力という要素が必要であった。その意味で、ケリーはあまりにも出来上がった政治家であり、20年間の上院議員としての経験を積んで、「政策通のプロの政治家」としてTV討論を優位に展開することはできたが、爆発的な期待を高めるオーラは無かった。

疲弊するアメリカへの予感
結局、アメリカは賢明なギアの切換えに失敗した。イラク問題に単純な解決策などありえないが、現状を打開するためにはイラク問題の国際化が不可欠であり、国連や欧州諸国の関与を実現しなければならない。ケリーが当選していればアメリカの外交路線が本質的な意味で国際協調路線に転換したとは思えないが、少なくとも欧州との関係を再構築しイラクへ欧州の関与を招き入れて、米国のリスクとコストの分散・軽減を図っていたであろう。

イラクでの米国兵士の死者も11月中旬で1200人を超えた。イラクでの戦費も2000億ドルを超えようとしている。それがもたらす米国の財政赤字は5000億ドルのレベルに達し、経常収支の赤字と合わせた双子の赤字は1兆ドルになろうとしている。その影響はドルの下落となって現れ、米国債権への信頼低下を促している。米国の疲弊は確実に進行している。

米国は2004年までの10年間の累積で2.78兆ドルの経常収支の赤字を累積させてきたが、同期間の資本収支の黒字という形で累積2.82兆ドルもの資金を世界から引き付け経済を回転させてきた。つまり下血を上回る輸血とでもいうべき資金流入が米国の過剰消費と過剰軍事力を支える源泉となってきたわけだが、この資金流入が細れば途端に米国経済は憔悴する。連銀のグリーンスパンは、11月10日には6月から4回目のFF金利引き上げを実行し、FF金利水準は2.0%となったが、景気を睨みながらも金利を引き上げ、海外からの資金流入を確保しようとする意図がうかがえる。

国際協調に配慮したパウエル国務長官が去り、強硬派のライスが就任することによって国務省と大統領府、国防総省の間の温度差が無くなり、ネオコン路線への傾斜を懸念する向きもあるが、第二期ブッシュ政権は「疲弊するアメリカ」を背景に嫌でも国際社会との協調を模索せざるをえないであろう。消耗しきって転進するか、自覚して修正するか、現段階では、半分のアメリカは9.11の恐怖心を背景に力こそ正義という論理が正当と考え苦渋の道に踏み込み続けているのである。

第二期政権というのは、再選を気にすることもなく、本来の政策基調を貫くことができるといわれるが、レーガンやクリントン政権のごとく、「政権の歴史的評価」を気に留める局面に入り、第一期とは違う調整路線に転ずることが多い。また、中間選挙までの二年以内に、中枢の有力スタッフが政権への影響力を行使できる期間を残して転身するケースが続き、ある種のレームダック化を促すことになる。

70年代のベトナムのごとく疲労困憊して「ベトナムシンドローム」といわれた後遺症に苦しむアメリカの姿が予感できる。泥沼化するイラクに埋没し、世界の怨嗟の中で超大国としての指導理念を見失うであろう。79年にアフガニスタンに侵攻したソ連が、消耗戦のあげく惨めな撤退となり崩壊を早めたごとく、アメリカの衰亡が懸念される。そのアメリカに向き合う日本のスタンスも重要である。真の同盟国として、米国の国際的孤立を避け、21世紀世界秩序への責任ある参画者として米国を招き入れる柔軟な構想と知恵が日本にも求められる。