寺島実郎の発言

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連載「脳力のレッスン」世界 2004年11月号

米大統領選と日米関係

ブッシュとゴアが戦った4年前の米大統領選挙の時、共和党系の有力者が語った言葉を思い出す。政策的にはほとんど近似しており、どちらが勝っても変わりないと言われていたことに関して、「米国民にとって朝起きてテレビでどちらの顔を見たいかという選択だ」と表現していた。エリート臭が消えず、「俺の話を聞け」といわんばかりの才覚をあからさまに押し出すゴアの顔が見たいか、指導者としての頼りなさは残るが「ライカブル・パーソン(好感のもてるやつ)」の風情のブッシュの顔が見たいかという程度の選択だという解説は説得的だった。結果として、総得票でゴアが上回ったにもかかわらず、州ごとの選挙人獲得数で決めるという大統領選挙制度の皮肉によってブッシュが大統領となった。

さらに、皮肉なことに政権がスタートして半年後に9.11が起こった。このことによって、政権の深層に埋め込まれた「特殊な性格」が顕在化した。チェイニー副大統領を中心軸とする、世に「ネオコン(新保守派)」と呼ばれる人達の路線の浮上である。ネオコンといわれる人達は、クリントン政権の「あいまい外交」といわれた外交政策に苛立ち、筋道の通った外交、すなわち世界最強の米国の軍事力をテコに米国が掲げる理念(民主主義と市場主義)の実現を志向して、1997年の段階で後にネオコンの牙城ともいわれるシンクタンクPNAC(PROJECT FOR NEW AMERICAN CENTURY)を設立し、21世紀の米外交の在り方として、「力の外交」を主張しはじめていた。そして、PNACの政策アジェンダの中には当初から「サダム・フセインの打倒とイラクの民主化」が掲げられており、イラク攻撃はそれらの人々にとって予定されたシナリオだったのである。

それでも、9.11が起こらなければ、ブッシュ政権がイラク攻撃を実現することは不可能だったであろう。約3000人が犠牲となった9.11によって、アメリカ人の心に生じた底知れぬ恐怖心と最強の軍事力への過信ともいえる心理が即時的同一化を起こし、「力の論理」への傾斜が生じ、8割の米国民が支持する形でイラク戦争に突き進んだ。9.11からの3年間の米国に関して、我々が目撃したのは「現代のマッカーシズム」とでもいうべき熱狂であった。ちょうど1950年代の初頭に「共産主義の脅威」と「力の論理」が結びついて反共パラノイアともいうべき「赤狩りムード」が米国を覆いつくしたごとく、「テロの脅威」と「力の論理」が結びついて目が据わったようなモードにはまり込んだ米国は、まさに「現代のマッカーシズム」というべき状況を迷走した。「世界で最も開かれた国」としての米国の魅力は色あせ、猜疑心と攻撃性が顕在化した息苦しい脅えた超大国へと一気に変質していったのである。

ゴアが勝っていればアフガン攻撃やイラク戦争はなかったと言い切ることはできない。9.11を受けた米国の指導者として、アフガン攻撃とビン・ラーディンを匿うタリバン政権の打倒については行動を起こさざるをえなかったであろう。しかし、イラク戦争となると微妙である。ブッシュ政権に内在するネオコン流の単独行動主義という特異な性格が顕在化したということは否定できず、米欧関係や国連との関係を悪化させ国際的孤立を招いてまでイラクに襲い掛かるという選択をしていたとは考えにくい。

今回の大統領選挙についても、「どちらが勝っても政策の選択幅は狭く、大差はない」というのが大方であるが、それも正しくないであろう。大統領選挙の結果は米国社会総体の変化を映し出す鏡であり、政権内部に埋め込まれた性格が何かの事件を契機に大きく突出するということも考えられるからである。その意味で、我々は米国の社会構造の変化を含め、潮流の変化を慎重に考察する必要がある。

1.今回の大統領選挙の注目点
浮動票の少なさ-二分されるアメリカ

戦時大統領ということを考えれば、現職のブッシュ大統領が敗れるということは従来の米国史の経験則として考えられにくい。戦時下では結束して戦勝に立ち向かうというのが米国民の性格でもあるからだ。本来ならば現職ブッシュへの信任投票的性格の選挙であるはずなのだが、今回の場合は微妙な二極分化が起こっており、予断を許さない。

民主党大会、共和党大会を経て候補者が決まり、テレビでの公開討論が始まろうとする段階であるが、世論調査で見ると「態度未定」の浮動層が極端に少ないというのが、今回の特色である。通常、この局面では二割以上の有権者が態度未定であり、テレビ討論を見てから選択するという傾向があった。ところが今回の場合、両候補とも45%前後の支持となっており、態度未定者は一割前後にすぎない。つまり、有権者の態度はブッシュが支持できるか否かであり、浮動票は限定的だということである。

詰まるところ「イラク戦争」と「イラク占領統治」を巡るブッシュ政権の政策に対する評価によって支持が二分しているといえる。その意味で今回の大統領選挙は本質的に戦時大統領選挙である。もちろん、イラク戦争以外にも微妙な争点は多数存在しており、3%程度の支持率を集める第三の候補者ラルフ・ネーダーの提起する環境問題などの論点に強く呼応する有権者も存在するし、後述の民族・宗教性と絡んだ米国の社会構造の変化とも関連する微妙な争点ともいうべき「妊娠中絶」「同性愛者の結婚」などの問題も有権者の選択を左右する要素でもある。しかし、この選挙はイラク戦争の正当性を巡る論議の彼方に世界の中での米国の在り方、つまり国際世論の中で極端に孤立する米国の進路を米国民自身がいかに判断するかが問われている選挙だというべきであろう。

米国という国は基本的に孤立主義的DNAを内包した国である。建国の経緯が「欧州の紛争には巻き込まれたくない」という意思からスタートしたこともあり、「モンロー主義」という言葉があるごとく19世紀までの米国は極端なほど対外戦争を避け、孤立主義を守っていた。調べて驚いたことがあるが、19世紀の米国が対外戦争で失った戦死者はわずかに4400人であり、第一次大戦への参戦以降、20世紀の米国の対外戦争での戦死者は43万人であった。20世紀以降の米国が国際社会の出来事に積極的に関与する方向に転じたのかというと必ずしもそうではない。ベトナム戦争やイラク戦争を想起しても分るごとく自分が思い詰めた価値のための国際関与、つまり歪んだユニラテラリズム(自国利害中心主義)の発露としての国際関与となることが多い。今日でも米国人のうちパスポートを保有している人の比率はわずか14%で、島国根性と揶揄される日本人でさえパスポート保有率が26%であることを考えると、米国人がいかに内向きかが分る。エネルギー、食糧など経済産業的要素を考えても自己完結できる大国という要素もあるであろう。しかし、多くの米国民の視界が自分および自分の近隣にしか目を向けないという性格を有していることも確かで、米国の国際的評価が米国民の心に響く度合いは限定的なのである。

皮肉な悲惨指数の動き

経済は争点にならないというのが今回の選挙に関する大方の見方であった。大統領選挙の度に話題にされる「悲惨指数」という概念がある。インフレ率(消費者物価上昇率)と失業率を足した指数であり、この数字が10.0を超すと、国民の意識に「現政権の経済政策は間違いだ」という批判が芽生え、政権維持が困難になるという便宜的経験則である。クリントンに父ブッシュが敗れた1992年の選挙の時、湾岸戦争直後に8割以上の支持率を誇り、再選確実とされていた父ブッシュであったが、この悲惨指数は12ポイントを超し、危険信号が灯っていた。正にその点をクリントンに衝かれ再選の機会を失ってしまったのである。

父の敗北の教訓を受け、ブッシュ政権は大型減税の前倒しをしてまで景気浮揚策に腐心して、選挙戦に臨んで来た。それにより、今年の四月までは悲惨指数は8.0以下で推移してきた。経済は争点とならないとの判断はそうした背景から指摘されたものであった。ところが、皮肉なことに5月以降、悲惨指数が急上昇し始めた。失業率は安定推移しているのだが、ガソリン価格の高騰を受けて消費者物価指数が上昇したのである。悲惨指数は5月8.7%、6月8.9%と急上昇、7月はガソリン価格を抑制する施策が打たれたこともあって8.5%まで下がったものの、本格的テレビ討論が行われる残された期間においてこの数値がどう動くかが注目される。「米国の国花はカーネーション(車の国)」というジョークが語られるほど米国社会は車がなければ移動もできないほどの徹底したクルマ社会であり、ガソリン価格は庶民生活を直撃する要素なのである。

米国人の本音には、イラク戦争を「石油のための戦争」とまで言わないまでも、多大な犠牲とコストを払って世界第二位の石油埋蔵量を有するイラクを占領統治したのだから、米国の石油需給にとって何らかの恩恵が期待できると思っていたら、逆にガソリン高騰という事態に直面し、失望と困惑が生じているといえよう。そのことがイラクでの失敗を印象付ける決定的材料となりかねないのである。

ガソリン高騰だけでなく、イラク戦費の肥大化による財政赤字と経常収支の赤字という所謂「双子の赤字」は今年度一兆ドルを超すとみられ、米国経済のファンダメンタルズは不安含みである。FRB(米連邦準備制度理事会)は9月21日にFF金利を0.25%引き上げ1.75%とした。6,8月に続き3回連続の引き上げで、大統領選挙最中の連続引き上げ効果が景気の減速(失業率上昇)とでるのか、ガソリン価格抑制(消費者物価抑制)とでるのか注目されるところである。

2.米国の社会構造の変化と大統領選挙
ヒスパニックの台頭

米国の大統領選挙は州別の選挙人によって選ばれる。選挙人の総数は538人であるが、州ごとの選挙人の数は各州2人の上院議員に人口比割当ての下院議員数を加えたものとなるため選挙ごとに変化する。したがって、人口構造の変化が微妙に反映されるのである。ちなみに今回の選挙で、選挙人の数が2名減少する州はニューヨークとペンシルバニアであり、2名増加するのがアリゾナ、フロリダ、ジョージア、テキサスであり、1名増加するのがカリフォルニア、ネバダ、ノースカロライナである。つまり、南部サンベルトへの人口比重の移動を反映した選挙人構成になっているのである。

南部サンベルトへの人口比重の移動は、この地域に多く居住するヒスパニックの人口増加を反映するものである。ヒスパニックの人口は3800万人を超え、黒人人口を上回ってマイノリティー人口のトップに立った。そして、その多くが南部サンベルトに集中し、存在感と影響力を強めつつある。2000年から2009年までの10年間の全米人口構造の変化予測の中で、ヒスパニック人口は34.7%の増加が予測されており、アジア系の33.3%増を上回り、黒人の12.9%増、白人の2.8%増を圧倒している。やがて米国は白人の国でなくなることは間違いない。

ヒスパニック台頭の意味は「英語の話せないアメリカ人」の増大ということではない。「英語を話そうとしないアメリカ人」の増大なのである。すなわち、アングロサクソンのアメリカに対して全く異なる歴史観を有し、英語を話す意思をもたないアメリカ人が台頭しているのである。我々は「東部13州の独立、自由の鐘」という米国史を思い描きがちだが、ヒスパニックの側から見たアメリカ大陸史は全く異なるものであり、1492年のコロンブスの米大陸発見から300年以上もの間、北中南米の主役はヒスパニックであったという歴史観が重く存在している。それ故に、文化的にもアングロサクソンに対して優越感を抱いており、英語を話そうとしないという意識に至るのである。前回の大統領選挙でパンチカード方式による投票がフロリダで採用されていたのも、いかにこの地域でヒスパニック人口が多いかを示すものである。従来は、ヒスパニックというと民主党支持の傾向があるとされてきたが、このところ必ずしもそうではなくなってきている。ヒスパニックはキリスト教への信仰心の篤い人が多く、例えば「同性愛者の権利」や「人口中絶」などについて極めて保守的な拒絶反応を示す傾向があり、この種の問題に寛容な民主党よりも厳格な共和党、とりわけ宗教右派的信仰心を示すブッシュに対して共感を抱く傾向がある。

複雑なユダヤ・ファクター

米国におけるユダヤ人口は約600万人、人口比重は約3%にすぎない。マイノリティーであるユダヤ人が、米国の外交政策に極端な影響を与えている。米国の海外軍事・経済援助の過去10年間(1995年〜04年)の総額に占めるイスラエル向けの援助総額は309億ドルと突出した第1位であり、米国の対外援助総額の約2割が、人口わずか約600万人の中東の小国イスラエルに向かっていることが分かる。第2位がエジプト209億ドル、第3位ヨルダン39億ドル、第4位アフガン29億ドル、第5位ロシア25億ドルとなっており、アジアの国では第8位のインドネシア11億ドルが最上位である。米国の外交政策にはイスラエル支援がトラウマのようにこびりついているということである。

過剰なまでの影響力を有しているが故に、ユダヤ人への潜在的反発も根強い。ケリーに対するネガティブキャンペーンの中で、ケリーの父方の二代前がチェコから移民したユダヤ人であったという情報がネット情報として飛び交っている。マスメディアでは「人種差別的攻撃」として排除されるであろう情報も、ネットの匿名の世界では無責任な増幅が起る。ブッシュへの失望が高まっても、実際の投票行動となると必ずしもケリー支持に向かわない理由として、「ケリーはユダヤ」とする攻撃があることも否定できない。

父ブッシュがクリントンに敗れた時、湾岸戦争後の自信を背景にした「イスラエルの入植地への住宅建設支援のカット」という政策へのユダヤ系の反発がクリントンを浮上させる要素になったことは記憶に新しい。あの時、ニューヨークのユダヤ票とりまとめに貢献したウォルフェンソンは論功行賞で世界銀行総裁にまでなったのだから。通常は、民主党支持者が多いユダヤ人なのだが、「イスラエルのための戦争」という要素もあったサダム・フセイン排除のイラク戦争を主導したブッシュを評価する人も多く、今回の選挙では複雑である。ユダヤ系の大物投機家ジョージ・ソロスなどがブッシュへの宣戦布告を行い、ケリー支持で資金投入をするほど票が逃げるという面もある。

3.日本にとっての大統領選挙の意味

ブッシュ対ケリー、どちらが日本にとって好ましいか。日本のメディアはこうした問題のたて方を好む。しかし、我々が克服しなければならないのはこうした視界の狭さであり目線の低さである。単独覇権主義のブッシュに対して国際協調主義のケリーとして単純な図式化を図ることも正しくない。結局、接戦の続く選挙戦の天王山が中西部とペンシルバニア、フロリダになることによって労働組合の支持を確定したいケリーの政策は、例えば通商政策に関して次第に保護貿易主義的傾向を強めている。短期的な利害ということでは、極端な親米路線をとる小泉政権に好意を抱くブッシュ続投のほうが望ましいという見方もできるのである。米国が迷走するこの局面で我々に求められるのは、対米関係が「どうなるか」ではなく「どうするか」という主体的意思と構想である。

問われるイラク戦争への徹底した省察

この半世紀、日本にとって外交とは米国と付き合うことであり、突き詰めていえば、日本は米国を通じてしか世界を見てこなかった。この二国間同盟を損なえば日本は生きてはいけないという固定観念の中を生きてきた。首相が「この国を守ってくれるのはアメリカだけ」と発言して米国のイラク攻撃を支持してしまう判断の背後にあるものも、米国への過剰依存と過剰期待である。

日本の対米関係が惨めなまでに歪んでいる現実を確認するために、日本人はイラク戦争なるものを省察し総括する必要がある。いかなる詭弁を超えて、イラク戦争は不必要かつ不条理な戦争であった。「テロとの戦い」といってもイラクと9.11の関係は立証されなかった。「大量破壊兵器」もパウエル国務長官自身が最終確認したごとくイラクが保有していたわけではなく、イラクの脅威も誇張か誤認であったことは明らかである。せめて、「サダム・フセインのような危険な専制体制を排除したことは世界の安全にとって前進」とする「イラクの民主化」を自讃する視点も空疎な正当化にすぎないことは占領統治の現実を直視すれば直ちに理解できることである。

「100年後に21世紀を振り返る写真集が出版されたとして、イラク戦争を表現する1枚の写真が掲載されるとすれば、それはサダム・フセイン像が引き倒されている写真ではなく、刑務所における捕虜虐待の写真であろう」という欧州で耳にした言葉が心に残る。また、占領統治下におけるイラクの石油収入がCPA(暫定占領当局)によっていかに不正かつ不透明に使用されたかという国連安保理事会任命の監査人の報告などを読むと、イラク戦争に群がった人達の醜さに戦慄を覚える。

その戦争を日本は支持した。そしてイラクにまで自衛隊を送った。建前は「イラクの人道復興支援のため」となっているが、イラクを攻撃し、殺戮、破壊した側に立って、その一翼を担う形で日本はイラク戦争に関わったのである。多くの日本人はイラクへの自衛隊の展開はあくまで「人道復興支援」であり、善意の国際貢献活動と認識したいと願望しているが、誤魔化すことなく直視するならば、不必要で不条理な戦争を仕掛けた米国の後方支援を受け持ってイラクに展開したのである。後追い的に国連決議に基づく国連多国籍軍への参加としたが、国連司令官の下での国連軍ではなく、米軍中心の有志連合軍に参加しているのである。間違った戦争に加担し、国家としての理念性を見失った悲しみは深いのである。

小泉首相は9月21日の国連総会演説で、日本の安保理事会常任理事国入りの意欲を強く訴えた。しかし、イラク攻撃に際して米国支持を表明した小泉首相が「日本を守ってくれるのは米国だけだ。国連が守ってくれるわけではない」と語っていた言葉を思い出すならば、国連の機能と役割に的確な認識を持っているとは思われず、しかも国連軽視・無視の単独行動主義を展開していたブッシュ政権を一貫して支持してきたこととの論理的整合性をいかに説明するのか、国際社会の識者は首を傾げたはずである。国連総会冒頭演説でアナン事務総長が訴えた「法の支配の復活」が世界の多くの国の共感を得ているが、そのメッセージの意味するものが米国の単独行動主義批判にあることは明らかである。日本が国連改革を訴え、自らの常任理事国入りを希望するのであれば、米国の利害を配慮してしか国際社会に関与しないというトラウマを克服することである。

イラク戦争が日本に残した教訓は重い。重要なのは間違った戦争に向けて単独行動主義で突き進む同盟国に対して、冷静で思慮深い友としての説得が何故できなかったのかという真摯な自問である。何故イラクの脅威が差し迫っていると判断し、米国を支持し、行動をともにしたのか。日本ほど説明責任を放棄した国も珍しい。そこには独自の情報回路もなく、米国への過剰依存と過剰期待だけで国を運営している劣弱な日本が見えてくる。日米同盟の再設計の必要性、そのための日本側自身の問題意識の深化、9.11から3年の経過の中で、日本人として確認すべきことはこの点に集約できる。米国が大統領選挙を通じて、国の在り方と国際関係を論議しているこのタイミングにおいてこそ、日本側が21世紀の世界史におけるあるべき日米関係を提起すべきなのである。

そのための基本思想とすべきことが、21世紀の国際社会は「力の論理」や「単独覇権主義」で主導できる時代ではなく、国際法理と国際協調のシステム構築によって制御されるべきだという筋道である。ここを踏み外しては日本の主張も空疎なものとなる。具体的な試金石として、米国が参加を拒否し、日本も批准を引き延ばしているICC(国際刑事裁判所)構想への関りを提起しておきたい。「テロとの戦い」というのであれば、国境を超えた組織犯罪を処断する国際刑事訴訟のシステムを整備することは不可欠で、既に昨年3月にオランダのハーグにICCが設立され、94カ国が参画して機能し始めている。こうした構想を実体化するために、日米の参加は不可欠で、現在の状況は、この両国が国際社会の潮流と隔絶したところに立っていることを示しているのである。

21世紀の日米関係の再設計

21世紀の日米関係を構想する場合、基本認識に据えるべき2つのポイントがある。1つは日米関係は二国間関係では完結せず、中国という要素が絡みついてくるということである。このことは日米関係150年を貫くテーマでもあり、そのことは拙著「脅威のアメリカ、希望のアメリカ」(岩波書店、2003年)でも詳述した。そして、21世紀初頭の現在、米国にとってのアジア外交のゲームは「中国の台頭」という要素によって基底において性格を変えつつある。日本がバイパスされ米中同盟ができるなどという単純な話ではないが、日本も中国も大切という相対的ゲームに変わりつつあるといえる。

クリントン政権は中国を「戦略的パートナー」と持ち上げ、ブッシュ政権は「戦略的コンペティター」として警戒心を示しスタートを切った。9.11が起り、「テロとの戦い」に中国の参画を得たいブッシュ政権の思惑を背景に米中関係の改善が進み、仮にブッシュ政権が第二期に入っても、米中関係の密度は一段と深まるであろう。ケリー陣営の外交関係スタッフにはクリントン政権を支えた人脈の布陣がなされており、ケリー政権が生まれても米中関係はさらに深まると考えるべきであろう。つまり、日米同盟は永遠の基軸といっていられる時代ではなく、日米中のトライアングルの構図をしなやかに制御する覚悟と問題意識が求められるのである。

2つ目のポイントは、日米安保の基本性格に関る認識であり、米国は自らの世界戦略とその時点での国民世論の支持の枠内でしか日本を守らないという常識の確認である。つまり、極東有事に当たっていつでも駆けつける善意の足長おじさんではなく、自らの国益判断でしか動かないということである。さらにその認識の延長上に確認しておくべきは、独立国に外国の軍隊が長期にわたり駐留し続けることは不自然なことだという常識である。

冷戦が終わって10年以上が経過し、本来ならば真剣にテーブルに載せるべきだった冷戦後の日米同盟の在り方を主体的に議論してこなかった。宮沢内閣崩壊後の政局が不安定な連立政権続きで、本質的な議論を避ける思考停止状態だったこともある。また北東アジアには北朝鮮問題や台湾問題が横たわり、欧州のごとく「冷戦後」という認識がとりにくかったという事情もある。それにしても、冷戦後の日米同盟を再設計することなく、政治的にも「失われた10年」が経過してしまった。40年以上も前の、60年安保体制のまま、基地の縮小も地位協定の改定も行われず、むしろ97年のガイドラインの見直しを機にアメリカの世界戦略により一層組み込まれる形で在日米軍基地が位置づけられる方向へと進んでしまった。安保の極東条項は空洞化され、有事は「地理的概念ではなく、事態の性格により判断される」こととなったため、中東に展開する在日米軍の活動に制約をかけることはできなくなったのである。

さて、十分に予期できることではあったが、米国から海外駐留米軍の包括的再編という構想が提起された。本来、日本側から駐留米軍については21世紀を見据えた提案を準備すべきであったが、当惑して受け止めたのが実情である。世界を見渡した戦略環境の変化に対応した兵力構成、基地体制にすることを意図し、欧州とアジアから7万人の兵力を撤退させるというもので、韓国からは1.25万人の米兵力の撤退が想定されている。そうした中で、日本に関しては、ワシントン州の陸軍第一司令部の座間への移転、横田の第五空軍司令部とグアムの第一三空軍司令部の統合など、司令部機能を日本に集中させ、日本を米軍の世界戦略拠点とする構想を提示している。日米安保は決定的にその性格を変えることになる。安保条約第五条の極東条項は建前としても機能しないことになるからである。

日本には約4.5万人の兵力が駐留する米軍基地が1010平方キロ(東京23区の1.6倍)存在する。その駐留コストの7割は日本側が負担し、年間6500億円にもなる。しかも、駐留米軍の地位協定上のステータスは占領軍のそれに近い占有権を保持しており、93年にドイツが実現した地位協定改定(ドイツの主権回復)とは対照的である。こうした認識の上に、米軍再編を機に考えるべきことは明白であり、今こそが21世紀の日米同盟再構築の好機である。日本は「日本への米軍司令部集中の拒否」「米軍基地の段階的縮小」「地位協定の改定」を筋道立てて主張すべきなのである。米軍の世界戦略を担い、しかもそのコストを負担するなどという選択をしないためである。

極東に軍事的空白を作らないように配慮し、日米の軍事的協力が今後も必要であるという認識は尊重すべきである。従って、日本としては前方展開兵力としての米軍基地の段階的極小化を実現しつつ、しかもハワイ、グアムの線にまで後退する米軍兵力を極東緊急時対応の戦力として維持するための応分のコスト負担など、柔軟な発想で日米安保そのものを見直すことも検討すべきであろう。始まりつつあるのは21世紀日本の自立自尊をかけた現代の条約改正なのである。