連載「脳力のレッスン」世界 2004年6月号
中国をどう評価するか
この10年間で中国には100万人以上の台湾人が移住し、台湾企業の中国での事業に参画しているといわれる。そのうち50万人が上海地域に居住しており、3月の台湾の総統選挙に当たって約4万人の台湾人が投票のためだけに一時帰国した。多くは香港もしくは沖縄経由であり、「台北・上海の直行便」の実現を期待して、野党国民党の連戦候補に投票したと見られる。僅差の接戦だったため、もう3万人の人が台湾に戻って投票したならば選挙結果は変わっていただろうと思われる。
それほどまでに台湾と中国の経済関係の密度が濃くなっているということである。政治的には高い壁が存在する感のある台湾・中国関係であるが、経済的には相互依存構造が深化しており、台湾企業が受注して上海地域で生産しているというパターンは常態化しているのである。そこで、「大中華圏」という概念が実体をもち始めている。中国を本土の中国とだけとらえず、香港と台湾、さらには華僑国家シンガポールを加えたゾーンとしてその相関を捉えるという視界である。この「大中華圏」(グレーター・チャイナ)がアジアのネットワーク型発展のエンジンとなりつつある。
中国に依存する日本経済
2003年の日本の貿易において中国の占める比重は一段と重くなった。輸出において、大中華圏向けの輸出は28.2%を占め、ついに米国向けの24.5%を上回った。輸入においても大中華圏からの輸入は25.2%を占め、米国からの輸入15.3%を圧倒している。つまり、日本の貿易の3割近くを大中華圏が占める時代になったということである。
中国から発表される2003年の経済統計には驚かされる。生産力拡大を象徴する粗鋼生産は2.2億トンに達し、日本の1.1億トンの2倍となった。5年以内に3億トンになるとの予想もある。それでも足りないということで、中国は鋼材の輸入を拡大し、昨年の日本からの中国への鋼材輸出は641万トンであった。このため鋼材価格は高騰し、日本の鉄鋼メーカーの業績が急回復したのもこの要因が大きい。
中国の消費水準の高まりを象徴するのが「モータリゼーションの進行」である。昨年の中国の自動車販売台数は439万台となった。日本の自動車販売台数が600万台前後で頭打ちとなっており、数年以内に中国が追い抜いていくであろう。自動車社会化を支えるインフラについても、尋常ならざる投資が続いている。昨年1年間で中国が建設した高速道路は4600キロで、総延長距離は2万9800キロに達した。日本の高速道路の総延長距離は7197キロで、これ以上高速道路を造らないという主張が「改革派」といわれる状況と対比して、なんとも対照的である。
「一人あたりGDPが1000ドルを超さねばモータリゼーションは進まない」というのが経験則とされてきた。日本は1966年、韓国は1978年であった。中国はようやく去年1000ドル水準を越したと思われが、自動車社会化は既に前倒しで進行している。理論を超えたモータリゼーションの進行の背景にある要因は「人口パワーと富裕層の台頭」にある。中国の人口は12.7億人、日本の10倍である。そのうち3〜4%が富裕層になったといわれる。1%だとしても約1300万人、東京の人口よりも多いということになり、4%となると約5000万人を越す。年間500万台以上の自動車が売れても不思議ではないのである。
中国経済に潜在する問題点を指摘するならば枚挙に暇ない。日本の四倍ともいわれるGDPに対する不良債権の比率、内陸部と沿海部の経済格差、共産党一党支配の制約、エネルギー・環境問題の壁など更なる経済発展を阻害する要因は決して軽視できるものではない。しかし、かつて高度成長期の日本がスピードで内包する問題を覆い隠して走り抜けたごとく、中国も2008年の北京五輪、2010年の上海万博のあたりまでは8%前後の実質成長を続けるのであろう。
したたかな中国-米中関係の密度の変化
ブッシュ政権がスタートした当初、米中関係には暗雲が立ち込めていた。前クリントン政権が中国を「戦略的パートナー」として持ち上げていたのに対して、ブッシュ政権は「戦略的コンペティター」と呼んで、警戒心を見せていた。海南島上空での軍用機の接触事故もあり、2001年夏までの米中関係は「ミニ冷戦の時代への回帰」を思わせるものがあった。
9.11以降の展開において、戦略的優位を際立たせた代表格が中国であったろう。「テロとの闘い」に逆上する米国は、中国の支援を必要として対中関係の見直しに入った。中国を「脅威」とする考え方を改め、アフガン、イラクへの攻撃を想定し、ユーラシア大陸の南へと「脅威」の対象を変えた。中国にとって、中央アジア(キルギス、ウズベキスタン)への米国の軍事力展開は内心穏やかなものではなかったが、イスラム過激派対策は新疆ウイグル地区などを抱える中国にとっても悩みの種であり、「米国を利用してイスラム過激派の南からの脅威を抑える」という方針に転換したともいえる。
イラク戦争に際しては、米国との関係を決定的に悪化させない限界において米国のイラク攻撃に反対し、中東・アジアの国々に対して中国の存在感を強く印象付けた。「北朝鮮問題が存在する限り日本は米国を支援するしかない」として米国の単独覇権主義を支持し続ける日本とは好対照であり、「21世紀のアジアのリーダーは中国だ」との認識を定着させつつある。また、北朝鮮問題についても6カ国協議という外交ショーを議長国として仕切り、中国の役割なしでは北朝鮮問題は制御できないとの空気を醸成しているのである。気がつけば米中関係は好転し、相互に相手の役割に敬意を払う関係を築きつつある。
米中の経済関係も深まっている。一昨年、米国の輸入にとって中国からの輸入が日本からの輸入を上回った。また、昨年は米中貿易の総額が日米貿易の総額を上回った。米中貿易による米国側の赤字の巨額化が米中貿易摩擦を生むと指摘する人もいるが、米中貿易での赤字と日米貿易での赤字は米国の産業界にとって意味が違うことを認識しなければならない。つまり、米中貿易赤字は、米国の企業が中国に投資し、稼動した工場からの輸入によって生じたもので、米国の企業が利益を得る性格のものであり、日米貿易赤字がもっぱら日本企業に利益を生む性格のものであるのとは異なるのである。米国の企業にとって中国は21世紀のパートナーとしての魅力を放っているのである。
このところ中国に行って気になるのが「留美派の台頭」ということである。中国語で米国を「美国」と書くが、つまりアメリカ留学帰りを留美派と呼び、その留美派が政官財の要職を占めつつあるという。確かに、北京の中関村のハイテクパークに行っても、ベンチャー企業や外資との合弁企業の経営陣の多くは留美派であり、中国語の通訳が要らない人達になりつつある。毎年、2万人もの留学生が中国から米国に向かっているという。その卒業生を米国企業は雇いいれ、実力に応じてハイランクで処遇し、中国進出に当たっての現地責任者に登用して活用する事例も多い。胡錦濤政権の閣僚に7人の海外留学経験者がいるが、日本留学組は一人も無く、多くは米国留学組である。昨年秋、日中有識者懇談会ということで北京に行った時も、実感したのは次世代の中国側リーダーとされる人達は、「日本に敵愾心もないが、特別な関心もない」ということである。
「日米同盟が大切」とエールを交換していれば21世紀の日本も安泰という構図ではなくなっているから話は複雑なのである。米国自身のアジア戦略の基軸が変化しているからである。米中同盟が成立するなどという単純な話ではなく、米国にとって日本も中国も大切という相対的関係になると考えるべきであろう。日米中のトライアングル関係を正三角形とする気迫と構想力が日本に求められるのである。

