連載「脳力のレッスン」世界 2004年3月号
為替の魔術
1971年の所謂「ニクソン・ショック」まで、太平洋戦争後20年以上もの間、1ドルは360円の固定相場であった。それから10年、変動相場の中で1980年には1ドルは240円にまで約3割も円高にシフトした。さらに1990年には1ドル144円となり80年代の10年で3割も円高に動いた。そして90年代を経て2000年には108円となり、「失われた10年」といわれた10年間においても25%の円高となった。その後、2001年は122円、2002年は125円となり、現在は再び106円前後にまで円高が進んでいる。結局、この33年間で7割の円高が進行したことになる。
そもそも、日本の通貨単位が「円」となったのは1871年(明治4年)であった。当初、1ドル=1円でスタートした円であったが、乱高下を経て太平洋戦争開戦直前の1940年(昭和15年)には1ドル=2円であった。それが敗戦によって、1949年「ドッジ・プラン」によるインフレ抑制を狙いとして1ドル=360円に決められたわけで、円の価値という視点からすれば、太平洋戦争の敗北は通貨の価値を180分の1にまで無残なほど減価させたということであった。従って、この30年間の円高へのシフトは敗戦からの日本経済の逆襲の象徴でもあった。
ティーカップの悲喜劇
1975年夏、私は社会人となって初めての長期海外出張としてロンドンを訪れた。既に日本経済が奇跡の復興から高度成長期を経て、最初の試練となった73年石油危機を克服しつつある時期であった。ビートルズ世代の人間として、休日に彼らの出身地リバプール訪れ、ペニーレーンの近くのホテルに泊まった。当時は、ロンドンでも日本円など交換してくれる所はほとんどなく、チェックアウトの際、富士銀行のトラベラーズ・チェックを出したら、「フィージー島の銀行か?」と聞かれ深く失望した。通りに出たら何故か「ダットサン」の車が1台止まっていた。「海を越えて日本の製品がここまできているのか」と思い何やらとても感動したものである。
為替の変化がいかなる悲喜劇を生むかを雄弁に語る実例がある。1950年代、先輩でロンドンに出張した人が、記念に残るお土産としてウエッジウッドのティーカップを買った。たった1脚で25ポンドしたという。1ポンド1008円の時代だから、2.5万円したことになる。まだ日本のサラリーマンの平均月収が1万円前後の時代であり、数ヶ月分の給与を投入して清水の舞台から飛び降りるような思いで購入したことになる。もちろん持ち帰ったティーカップは家宝であり、神棚でこそないが飾り棚に鎮座した。以来、彼は英国出張の度に、同じティーカップを1脚ずつ買い揃えた。そこが英国の奥深さなのだが、今日でも全く同じデザインのティーカップが販売されており、1脚50ポンドする。つまり、1ポンド150円として日本円で7500円である。サラリーマンの平均月収が48万円という時代においては月収の64分の一で買えるということである。日本人の収入に対する相対価格は最初のティーカップから実に160分の1になったということである。これこそが為替の魔術なのである。
円高は悪か
「輸出産業にとって打撃」という理由で、円高は景気を引き下げる要素と認識されがちである。そのために日本は懸命の円安誘導政策を展開しており、2003年の1年間で20兆円の「ドル買い介入」を行った。外国為替資金特別会計を通じて国内機関投資家から借入れを行い、その資金でドルを買い、そのドルは概ね米国債の保有という形で使われている。つまり、製造業の競争力維持のための円安誘導のために米国にカネを貸しだし、そのカネに依存して米国は減税と過剰消費、さらには過剰軍事力を実現するという皮肉な構造を成立させているのである。不健全な日米連結経済を実現しているわけである。
不思議な気持ちになるのは、外為会計でドルを買い支えることによって昨年だけで為替評価損が1.85兆円も増え、累計では実に7.79兆円もの為替差損が生じているのである。それだけの国富が失われたということであり、国家として国民経済を考えた有効で戦略的なカネの使い方があってよいのではとの疑問は消えない。
基本的に通貨の価値は国の経済力を映し出す鏡であり、一時的な要因は別にして、長期的には国の経済・産業力の変化を見事に反映している。英国のポンドと米国のドルの関係も2国の歴史的位置付けの変化を象徴している。1900年の頃、1ポンドは4.84ドルであった。「米国の世紀」といわれた20世紀の100年が経過し、2002年現在1ポンドは1.50ドルとなった。一時期1ポンド=1ドル近くにまでなったことを思えば、英ポンドもかなり復権したというべきだが、それでも20世紀とは英ポンドが7割減価した100年であった。
円高へのシフトも日本の通貨の購買力が高まっているということである。今、日本人は円高を心配しているが、本当に怖いのは円の価値が崩れ落ちることである。自分の国の通貨が信頼・評価されないという悲哀を我々はついこの間まで味わいつくしたのである。国家が混乱し、産業力が劣化し、国際収支が悪化して為替レートが維持できなくなることの恐怖は凄まじいもので、ソ連崩壊後のロシア経済をみれば分るはずである。1988年、ソ連崩壊の前年に世界GDPの16%を占めていたソ連経済であったが、2002年におけるロシアのGDPの世界シェアは1%にまで下落している。通貨の価値が惨めなまでに下落したためである。ルーブルの価値はこの15年間でほぼ50分の1にまで落ち込んでいる。急激な為替レートの変化が国民経済の安定において望ましくないことは当然だが、円高の戦略的活用という視点も重要である。例えば、日本経済の弱点の1つが「エネルギーの外部依存の高さ」にあることは、73年の石油危機以来変わっていないわけで、円高をエネルギー戦略面で有効活用することも重要である。石油消費の86%を中東に依存しているという構造が日本の外交の選択肢を狭めていることは間違いないのである。
日本という国は一日500万バーレルの石油をがぶ飲みしている国である。現在の石油入着価格をバーレル30ドル前後として、1日1.5億ドルの石油代金を支払っていることになる。年間約550億ドルとなる。つまり、1円円高になることは550億円の支払い減となる。2003年は、前年比10円以上も円高に動いたので、日本全体では年間5500億円も石油代金支払いが軽減されたということである。エネルギーだけでなく一次産品すべての入手コストが軽減され、資源の外部依存の高い小資源国家としては大きなプラス材料でもある。
円の価値が高まっている中でこそ、長期的な観点から日本のエネルギー需給の安定に役立つような戦略的布陣をすることなど、有効な先行投資をするべきであろう。石油ガスなどの化石燃料の供給源を多角化するための投資のみならず、海外備蓄の充実やパイプライン整備などのインフラ投資、さらには代替エネルギー開発や省エネルギー技術開発など、この時期に展開すべきことは多いのである。無論、カロリー・ベースで自給率が4割を割り込みかねない食糧について、総合安全保障の視点から戦略プロジェクトを構想することも選択肢であろう。
また、アジアの資金をアジアに還流させる仕組みの構築なども、円の価値が高い時こそもっと真剣に推進されるべき構想であろう。日本、中国、台湾、韓国、香港の北東アジアだけで昨年末時点で総計1.5兆ドルの外貨準備を保有している。東南アジア(ASEAN)の外貨準備は総計2300億ドルにすぎないが、インドなど南西アジアを含めて1.8兆ドルの外貨準備を保有しているのである。これらの資金がアジアに向かわず、アメリカ一国に流入する形が続いてきたことによってアメリカの過剰消費と過剰軍事力を助長して世界経済を歪めたことは否定し難い。昨年、アジア諸国の国債などを買い支えて安定化を図るための公債基金が設立された。まだ11億ドル規模の基金だが、アジアに資金を還流させるための戦略的試みとして注目される。
短期的利益から円高を回避することに躍起になるのではなく、長期戦略的視点から円高を活用することへと視界を転ずるべきであろう。「円融自在」、経済は循環しており、一方的・断片的に事象を判断することはできない。新しいダイナミズムを与件として受け止め、自らの弱点を補強して未来に布陣する者が次なる展望を開くのである。

