連載「脳力のレッスン」世界 2003年9月号
情報過疎地帯たる日本を克服するために
自衛隊をイラクに送ろうとする「イラク復興支援特別措置法」を巡る国会審議を見ていて暗然とさせられた。イラク戦争の正当性に関わる「大量破壊兵器」が未だに発見されていないことに関して、イラク戦争支持の根拠の曖昧さを質された首相は、「日本が情報活動しているわけではないし」という言葉を口にした。
思わずでた本音というべきで、「戦争」という国家国民を揺るがす大量殺戮に対する日本国としての「支持」という重大事の判断が、いかに軽々しくなされたかを物語る瞬間であった。事実、この戦争によって、数千人のイラク国民が殺戮され、米軍の死者も「バグダッド崩壊」後のゲリラ攻撃による死者を含めて230人(7月24日現在)を超すという。
日本の現実としての情報意思の欠如
国際社会におけるイラクの脅威、すなわち「戦争」をしてでも取り除くべき脅威が、客観的にどの程度のものか、米国が開示する情報を信じる以外に日本は何か主体的な情報活動をしたのであろうか。「はじめに米国支持ありき」で、大量破壊兵器保有に関する情報を検証する努力もせずに、誇張された脅威の喧伝に一役買っていただけではないのか。
イラク戦争を前後して、私自身、メディアを通じて、政府関係者、学者・外交コンサルタント、軍事専門家との討論に参加したが、それらの人達が口にしていた「イラクの脅威」に関する「具体的証拠」なる話を思い出す。曰く「イラクは500トンの生物化学兵器と3万発の運搬用ミサイルを保有している」「イラクは核開発のためにアフリカからウラニウムを買い入れ、開発に必要な機器の購入も進めている」
あの話はどうなったのか。次第に明らかになったことは、これらが英米の情報機関や政府によって意図的に誇張され、捏造されたものであり、国際世論の支持をえるための作為だったという構図である。もっと問題なのは、これらの情報を客観的に検証する意思もないまま、日本国民にぶつけ、「米国の主張の正当性」に無批判に加担してしまった人達のあまりの無責任さである。
「イラクの脅威」とは何だったのか。まず、日本にとっての脅威が存在しただろうか。サダム・フセイン政権下のイラクとも正式の国交を維持していた日本にとって、少なくとも日本に敵対、攻撃してくるような脅威は存在しなかった。また、中東地域の安定にとって脅威だったとする論理も、1980年代に8年も続いたイラン・イラク戦争時や、湾岸戦争時に比べれば、サダムの脅威も見る影も無いほどの虚勢というのが現実であった。湾岸戦争以後、北緯33度以南と北緯36度以北の制空権を無力化され、長期にわたる経済制裁によって軍事力を七割以上も削ぎ落とされたイラクの脅威を誇張することが、いかに現実的でないか、真摯な情報活動に裏付けられた判断を求めれば、分りきっていた。「テロリストに大量破壊兵器が渡る可能性」という議論も、イラクと9・11テロとの関係が立証されたわけでもなければ、イラクが大量破壊兵器を保有していたという根拠さえ疑わしいのである。
「日本が情報活動をしているわけではないし」として、米国の情報をそのまま丸呑みするしか選択肢がないとするのは、あまりにも自国を卑下する姿勢である。内閣情報室や外務省・防衛庁の情報収集分析力は過小評価すべきものではないし、在外公館、国際機関、メディア、さらには世界に展開している日本企業の情報力を集約して活用する戦略的意思があれば、相当なレベルの情報が入手可能である。情報ネットワークの時代にあって、インターネットを駆使して、多様な情報ソースにアクセス可能な時代なのである。現実は、「対米配慮」という固定観念にとらわれ、多様な情報に眼を開く意思がないということなのである。
驚くべきは、「イラクの大量破壊兵器の危険性」を強調していた人達は、米国の情報だけに依存した主張を恥ずるでもなく、「サダムの専制からイラク民衆を解放したのは良いことだった」という論理にすりかえ、良心の呵責から逃れようとしている。しかし、異質な政治体制を理由に、国際機関の意思の確認も無く、第三国が軍事攻撃してもよいなどという論理は暴論であり、国連憲章違反である。古今東西、大国の軍事介入には、敵対国の政治体制を否定するもっともらしい粉飾がなされてきた。かつて共産主義者達も「解放」という言葉を使い、地域紛争に介入していたことは記憶に新しい。
結局、その国、地域に住んでいる人達が自らの運命を決める責任を担うしかないこと。近代史以降の経験は、正にそのことを教訓とし、その上に世界秩序が形成されてきた。
日本を卑しい国にしてはならない。いいかげんな情報に基づいて「戦争」に加担する国にしてはならない。近代史の総括として自らを戒め、この半世紀以上も踏み固めてきたはずの「武力を紛争解決手段としない」という基本理念を簡単に見失ってはならない。市民が「眼を開き世界を見ること」であり、そのための情報回路を充実させることである。
情報インフラ整備の必要性
7月下旬、サンフランシスコ郊外の小さな町で印象深い市民運動と出会った。イラク戦争でブッシュ政権によって聞かされた「イラクの脅威」に関する「10のうそ」を再検討し、CNNやFOXなどの「政府寄りメディア」の情報に踊らされないように、「代替となるニュース・ソース(Alternative News Sources)」を求める活動をしているのだという。米国の多様性と健全さを象徴するような活動であり、小さな運動にすぎないが、ネットワーク時代を利して木目細かく情報交換に努めている姿が印象的だった。関連サイトは、「feedback@alternet.org」「davehen@sonic.net」などである。事態の本質を自分の眼で見抜き、自分の頭で世界を考えようという国民の主体性こそが問われていることを示唆されるのである。
日本における政策論議を決定的に貧困なものとしているもう一つの理由が、シンクタンク機能の弱体である。政策判断のための情報基盤の構築といっても、個人の情報活動には限界があり、とても巨大な官僚機構に支えられた政府の情報レベルを超えた体系的情報の入手は困難である。いわんや、米国政府がある意図を込めて発信してくる情報を客観的に検証できる情報基盤など望むべくもない。情報の分析装置としてのシンクタンクが存在しないからである。
一つの国が国際社会で存在感のある発言をするためには、それを支えるシンクタンクを多様に充実させてきたことが確認できる。米国においては、第一次世界大戦前後に米国の国際社会に果す役割が高まるにつれて、外交とか公共政策に関するシンクタンクが生まれ育ってきている。私自身が世話になったブルッキングス研究所や米国外交評議会(CFR)、カーネギー平和財団、戦略国際問題研究所(CSIS),アメリカ・エンタープライズ研究所(AEI)など枚挙に暇ない。これらは特定の政府機関や企業によって支えられたものではなく、多くの個人や企業の寄付・会費で支えられた活動をしており、独自の情勢判断と政策提示を競っている。これにより国民は多様な選択肢の中から政策を議論できるのである。
日本にもシンクタンクは幾つも存在しているように思われるが、企業内の調査情報部を延長した株式会社型か、官公庁の下請け外郭機関としての財団法人型のシンクタンクのみで、財政基盤が自立したシンクタンクは育っていない。
アメリカを的確に評価し、適切な位置関係での外交安保政策を志向しようにも、この国には半世紀以上も同盟を続けている国を体系的に解析する「アメリカ研究所」さえもない。例えば、米国の中東政策を正面きって批判しているフランスに目をやれば、1973年の石油危機の翌年に構想を発表した「アラブ世界研究所」を20年かけて実現、パリにアラブ・中東の文化、民族、宗教から政治経済に至る情報の集積点を形成している。自前の情報回路構築への真剣な意思なくして主体的政策など望むべくもない。

