寺島実郎の発言

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連載「INSIGHT」THE WORLD COMPASS 2004年4月号

三井物産のDNA

戦前の三井物産の初代社長を29歳で引き受けた益田孝という人物評において、「彼にとっては眼中三井無きものであろう。一見三井本位のようであるが更にそれを推し進めれば国家本位なのであろう」という言葉が残っている。

益田孝は16歳の時、幕府の遣欧使節に参加した父の随員として欧州を見て以来、世界に眼を開いてきた。それ故に、日本が抱える課題も見えていた。彼が三井物産を興したのも、当時日本の輸出入の9割以上を支配していた「外商」(外国商社)から日本人の手に物流チャネルを奪い返そうという強烈な民族意識であった。

「三井物産での仕事は単なる金儲けとは違う。世界を相手にした男の勝負だ」という言葉を益田孝は残しているが、社会のニーズを産業的に解決してみせる闘いの先頭に立つ強烈な使命感を抱いていたことが我々の心を打つ。「眼前の利に迷い、永遠の利を忘れるごときなく、遠大な希望を抱かれることを望む」という益田孝の言葉を噛みしめたい。

時代も変わった。戦後の三井物産は国策商社のごとく国家を背負った事業ではなくなった。しかし、もし三井物産のDNAというべきものがあるとすれば、それは単なる金儲けを超えて、時代の課題と正面から向き合う志の高さとでも言えよう。ビジネスは奇麗事では済まない激しい競争要素を抱えている。しかし、仕事の社会的価値を問い詰める真摯で遠大な構想力が、結局は息の長いビジネスモデルを生み出すことは、三井物産の歴史が証明している。