連載「INSIGHT」THE WORLD COMPASS 2002年9月号
9.11を超えて
9.11、同時テロから一年、世界はさまざまなことを学んだ。産業の現場でも、あの凄惨な事件を受け止めて、新たな動きが見られる。「時代のニーズを産業的に解決する」ことが経済の世界に生きる者のテーマであり、その方向に向けてキーワードが二つある。
一つは「安全性」(SECURITY)である。人間社会の安全性を高めるための技術開発へと関心と照準が向かいつつある。空港のセキュリティー・コントロール・システムを高度化する技術開発が進み、「バイオ・センサー」など危険物に感応するセンサー技術に注目が集まっている。IT、バイオ、ナノなどの融合分野に、社会の安全性を高めるための画期的な技術パラダイムを創造しようという試みが加速されつつある。グローバル化などといっても、「移動の自由」が確保されねば意味をなさないわけで、叡智を絞った挑戦が注目される。
二つは「人間性」(HUMANITY)である。つまり、人間として生きることの喜びを深め、現代社会のストレスを癒すための試みが産業的にも活発になってきた。効率や生産性だけを求めるのではなく、じっくりと思索を深め、人間らしく生きようとする心を支える事業や企画が注目を集めている。
例えば、「スローフード」運動である。米国流の「ファストフード」の対置概念であり、食品の生産から流通、そして消費のプロセスにおいて、行き過ぎた効率優先を見直し、多様な食文化を守ろうというものである。イタリアのブラという町を発祥地とするそうだが、食文化の世界で、次第に広まってきた。日本では、万事スピード優先の日本社会を、もう少し落ち着きのある、懐の深い社会へと再構築しようという、「スロータウン」を構想する運動も始まった。そして、多くの市町村が「スロータウン連盟」への参加を表明しはじめている。
「安全性」と「人間性」という概念は、今更いうまでもないともいえるものだが、スピードと効率の中で見失っていた価値をあらためて取り戻しているといえよう。9.11はあまりにも不孝な出来事であったが、健全な常識を再構築する契機とされるべきでもある。

