連載「INSIGHT」THE WORLD COMPASS 2002年7–8月号
変わるべきものと変わらざるもの
「エネルギー総合企業」といわれたエンロンの崩壊とその後の経緯は、真剣に考えるべき問題を示唆している。特に重要と思われるのが、「コーポレート・ガバナンス」である。グローバル化を加速させる資本主義のあり方として、われわれは米国流の「コーポレート・ガバナンス」を評価し、日本の経営変革の基本的方向と認識してきた。
米国流の「コーポレート・ガバナンス」とは、株主資本主義の徹底ということである。つまり、株主にとって望ましい経営が評価されるということであり、「株価が高く、配当が多く、株主への説明責任を果たしている透明性の高い経営」が「あるべき経営」とされる。その究極が「時価総額主義」で、時価総額で経営の優劣が議論される風潮さえ一時期は存在した。
しかし、エンロン問題の衝撃は、経営陣がケイマン島などのタックス・ヘブンでの連結対象外の子会社や投資組合を利用し、不正な株価操作や簿外取引で経営を成り立たせていたという背信に加え、米国流コーポレート・ガバナンスの透明性を支える柱であるはずの監査法人までが不正経理に加担していたという二重の意味で深刻なのである。
企業にとってROIなどの投資効率も大切であり、生産性やスピードも大切なのだが、その一方でバランスの取れた産業観をもって、企業を支えてくれる多様な存在に配慮する視点も重要となる。つまり、「株主」も大切ではあるが、「顧客」「取引先」「従業員」、そして「地域社会」や「国家」「地球環境」にまで適切に付加価値を配分する経営を志向することの大切さを見失ってはならない。
日本的とか米国的とかを超えて、経営には変わるべきものと変わらざるものがあるはずだ。絶えず自己変革し、効率と生産性を目指す問題意識とともに、重心を低くして企業活動を長期間支えてくれる多様な存在に誠意を尽くす不変の基軸が重要である。

