レポート
2006年ブッシュ大統領一般教書演説を読む
—政権の苦境を映し出す控えめな演説—
渡部恒雄 経済・産業分析室 主任研究員
2006年3月7日
アメリカ人の第一印象
ブッシュ大統領の2006年の一般教書演説は、事前にある程度予想されたように、イラクの苦境を抱えながらも、前向きな姿勢を強調するトーンで語られた。52分ほどのスピーチの中で、30分以上を実にイラクや対テロの戦いなど、外交政策に費やした。これはとりもなおさず、米国民のブッシュ政権への懸念が、ここにあることをブッシュ政権が理解し、その部分に前向きな姿勢を示すことで、残り3年の任期中の支持の継続を訴えたかったものと思われる。外交でも内政でも、大言壮語を控え、堅実さが際立つ内容ともいえる。これまでの経緯はともかく、ブッシュ嫌いの民主党支持者からは、皮肉まじりだが「これまでの演説のどれよりもまともだ」という声が聞かれた。
CNN・USAトゥデイ・ギャラップ共同世論調査によるTVで演説を見ていた人の直後のリアクションでは、48%が大変良かった(Very Positive)、27%がどちらかといえば良かった(Somewhat Positive)、23%が良くなかった(Negative)と答えている。演説をTVで見た人は共和党支持者が多かったので、(共和党支持43%、民主党支持23%、支持政党なし34%)この結果は全米の反応とは大分異なることに注意がいる。ちなみに、過去の一般教書演説で、「たいへん良かった」と答えた数は、イラク開戦前の2004年では74%、開戦後の2004年で45%だった。最新(1月20日から22日まで)の同世論調査では支持率が43%で不支持率が54%なので、とりあえず、前向きなイメージ作成には成功しているが、支持と不支持を逆転するような大きなインパクトがあったとはいい難い。
イラクの苦境の言い訳に演説の半分以上を費やす
むしろ、今回の演説は、これまでの保守的で米国一国主義的な強いメッセージが姿を消し、謙虚なトーンで語られているだけに、ブッシュ政権が現在追い込まれている手詰まり感が逆に浮き彫りとなった。過去の一般教書演説で語られた内政面での野心的な試み、例えば2005年の年金運用の民営化などの、目玉となる新しいテーマが消失した。その部分を、イラクの苦境の言い訳に費やしている。
このあたりの状況を米国主要紙は的確に見抜いて論評している。ニューヨークタイムズの分析記事のタイトルは、「大胆なビジョンは新しい現実に負けた」(Bold visions have given way to new reality)。ワシントンポストの分析タイトルは「期待値を下げたのは政治的財政的現実の反映」(Lowered expectations reflect political and fiscal realities)だ。
イラク駐留とテロとの戦いに関する前向きなメッセージは、保守派の一部に芽生えたイラク戦争の目的と成功への不信感を払拭するという目的で戦略的に発せられているふしがある。内容は、2005年11月後半から12月にかけて、イラクでの継続支持をうったえたメディア攻勢の延長上にある。二つのメッセージは、イラクの状況が好転しているという「現状の肯定」と、イラク駐留がテロリストからの米国民の安全に寄与しているという「目的の明確化」である。「今後のイラク戦略について建設的批判には耳を傾けるが、なんでも否定する敗北主義とは違う」といった言葉使いは、昨年12月18日の大統領のテレビ演説との重複がある。
しかしながら、「我々は勝利への明確な計画によりイラクで攻勢にある」という言葉の後に、具体的に新しいイニシアティブや新鮮な転換を連想させるものが続かないため、前向きな言葉遣いとは裏腹に、現実の手詰まり感をいやおうなく思い知らされる。
今回の象徴的言葉は「孤立主義」である。大統領は「米国は孤立主義による偽りの安楽を拒否する」として、孤立主義の代償は世界の混乱と警告し、米国の世界でのリーダーシップを再三強調し、いかに米国のイラクへの関与が自らの自由を守るために必要かを訴えている。しかし、これも具体的にイラクの状況を解決するような新鮮なプランや確証がないだけに空回りしている。
テロリストに対して、「我々は座して次の攻撃を待つわけにはいかない」という宣言しているが、これも国内で批判を浴びている法的手続きなしに国際電話の盗聴を許可したことを正当化する文脈で発せられており、メッセージ力は弱まる。
イランの核開発再開については、米国の手詰まりがより明確だ。大統領は「イラン国民が少数の宗教指導者の人質となり、パレスチナやレバノンのテロを支援している」と批判し、「イランの政権が核兵器を開発することを許さない」と述べている。しかし、これはイラク開戦前に同趣旨でイラクに発せられたメッセージに比べれば、はるかに凄みがない。イラクに米軍が拘泥されており、米国の打つ手が限定されていることは誰の目にも明らかだからだ。
目新しい提案がない経済と内政
内政の部分で最初に来るのは、好調な経済についてだ。大統領はこの二年半で460万の新しい職を作りだし、これは日本とEUのそれを合わせたものより多いとし、「エネルギーのコスト高にも関わらず米国経済の好調さは、世界の羨望の的」だと強調した。しかし、すぐに「中国やインドとの新しい競争があり、米国は安穏とはしていられない」と発言する。後に「米国の競争力を保つために」必要なものとして、ヘルスケアシステム、安価なエネルギー、そして数学や科学の基礎教育の充実などが語られる。このような内容は決して、経済的勝者の演説とは思えず、背後に将来の経済に不安を持つ米国人の姿が透けてみえてくる。
さらに、これまでの演説にくらべて今回最も目新しい内容は、米国を「石油中毒」だとする問題意識である。そしてこの石油は「世界で最も不安定な地域から輸入している」として、技術革新でこの中毒を断ち切るとして、新技術開発のイニシアティブを語っている。これは、これまでのブッシュ政権の強硬な姿勢に慣れていた人からすれば、大きな肩すかしに違いない。保守派からすれば、「不安定な地域というのは中東のことだ。だから、イラクに米軍を送り込み、民主化し、安定させるつもりではなかったのか?」という疑問がでてくるだろう。同時に、エネルギー自給率を上げるために、環境保護派の反対を押さえ込み、アラスカのエネルギー開発に乗り出すという正面突破の姿勢も姿を消した。これも保守派には不満だろう。変わりに、ハイブリッド車や電気自動車へのバッテリー、水素電池やバイオマス燃料の開発が解決手段として提示された。「我々のゴールは6年以内にエタノールを使ったエネルギーを実現性のあるようにする」ということだが、このような地道な内容が、前半で「世界をリードすることを宣言した」演説で、同時に語られるというのはバランスを欠いている。ニューヨークタイムズは、そのようなことは、「すでにGMもフォードも、トヨタもホンダも行っている」と揶揄する。あるアメリカ人は「クリントン政権のようだ」(Clintonesque)と皮肉を込めて論評する。さらに、このあたりのエネルギー自給政策は、深読みをすれば、世界市場への石油供給を武器にうまく立ち回っているイランに翻弄されているようにすら思われる。
さらに、ブッシュ政権がつまずいた国内政策の肝の一つであるハリケーン・カトリーナによる破壊をうけたニューオーリンズ復興に関しては、新しいイニシアティブの提案もなく、ニューオーリンズ市長はCNNで公に失望を語っている。今回の演説は、過去のブッシュ大統領の演説に比べて、中道的なバランス感覚が反映されているだけに、ブッシュ政権が向き合う現実の厳しさを、はからずとも浮き彫りにしたものといえよう。
苦境の中の政権維持という現実的な観点でみれば演説の内容は合理的
ただし、この演説は今年11月の中間選挙にむけて、ブッシュ政権を取り巻く厳しい状況への対応としては、戦略的に最善の策を取っていると考えることもできる。現状では大きな新しいことを始める実力はないのだから、ブッシュ政権への不満の最大要因であるイラクの状況をうまく説明して、内政では自らが確実にできることを示し、謙虚に支持を訴える。それにより、これまでの強面のイメージからのイメージチェンジというサプライズも期待できる。 さらにこの点で、イラクの状況に対するブッシュ政権のメッセージの対象は、全国民ではなく、より細かくターゲットを絞って確実に支持が期待できる層を狙ったメッセージの可能性がある(詳細は拙稿「ブッシュ政権の広報戦略にテコ入れする黒衣」参照)。いずれにせよ、ブッシュ政権は自身の苦境を的確に判断し、戦略的に今回のスピーチを練り上げていると考えていいだろう。(2006年2月2日記)

