レポート
ブッシュ政権の広報戦略にテコ入れする黒衣
渡部恒雄 経済・産業分析室 主任研究員
2006年3月1日 新潮社「フォーサイト」2006年2月号より転載
イラクが大量破壊兵器を保有しているとの諜報情報は誤りだったことが明らかになり、米兵の死者数も二千人を越えた。こうした事態への説明責任を果たしていないとの批判に加えハリケーン被害への対応のまずさもあり、昨年後半、米ブッシュ政権の支持率は一時、危険水域の30%台まで落ち込んだ。
しかし最近の各世論調査では、政権支持率は軒並み40%台に回復している。ガソリン価格高騰に歯止めがかかったことも見逃せない。ただ、それ以上に注目すべきは大統領自身がイラク政策について誤りをある程度認め、同時に将来のイラク復興戦略を再提示して見せるという巧みな広報戦略へと舵を切ったことだ。
昨年11月から12月にかけて、ラムズフェルド国防長官、ライス国務長官ら政権主要メンバーたちは、イラク・中東をテーマにメディア攻勢を展開した。もちろん、ブッシュ大統領も11月30日のメリーランド州アナポリスの海軍兵学校での演説を皮切りに、主要テレビ局とのインタビューなどに登場した。
中でも効果的だったのが、イラク国民議会選挙の成功を受け行われた12月18日の大統領演説である。この演説の後、大統領の支持率は2−3ポイント上昇した。先述の通り支持率回復の背景には経済要素もあるとは言え、演説の内容はよく練られたもので評判がよかったのは間違いない。
「目的」と「成功」が与論を左右
こうした広報戦略建て直しの理論的支柱と目されているのが、昨年六月から国家安全保障会議(NSC)に特別アドバイザーとして参加している、デューク大学教授のピーター・フィーバー教授(43)だ。同氏はもともと海軍士官を志し(現在、海軍予備役士官)、ハーバード大学の奨学金を得て博士号を取得。核兵器のシビリアンコントロール(文民統制)やシビル・ミリタリー(軍民統制)の研究で知られる。2004年の大統領選挙では、軍人票がなぜ従軍経験のあるケリー候補でなくブッシュ候補に流れたのかというテーマについて盛んにメディアに登場し、解説を行っていた。93年から94年にかけてクリントン政権の国家安全保障会議にも参加している。
01年、フィーバーはリチャード・コーン・ノースカロライナ大学教授とともに、米軍の兵士と民間人の意識調査をアンケート調査から探る「軍民ギャップ・プロジェクト」を行った(Soldiers and Civilians:The Civil-Military Gap and American National Security)。さらにはこの研究データをもとに、イラクでの米軍死傷者数増加が与論の懸念の的となった04年に、戦死者数と武力行使支持の相関関係についても著作を刊行している(Choosing Your Battles: American Civil-Military Relations and the Use of Force=クリストファー・ジェルピ・デューク大学准教授との共著)。
フィーバーは民主党系の学者と言えるが、昨年春、ブッシュ政権にレクチャーし、民主党の支持が不可欠と考えたライス国務長官が彼の起用を決めたとされる。カール・ローブ大統領次席補佐官がフィーバーを高く買ったとの見方もある。
さて、フィーバーらが研究結果から導き出した結論を一言で表現すれば「米国民が戦争を支持するかどうかは戦死者の多寡と単純に比例するわけではない。もし国家指導者が戦争の種類と目的を明確に示せば、死傷者の数に拘らず支持される可能性がある」というものだ。「韓国や台湾を防衛するため」といった自国の安全保障にも直結する現実主義的な軍事行動ならば、全国民的に支持へのコンセンサス(合意)が存在する。だが、軍事行動がアフリカやコソボでの虐殺鎮圧など人道介入なのであれば、全国民的な支持は期待できない。また、軍人や軍との接触がある人ほど現実主義的な軍事行動を支持し、逆に人道介入を嫌う。むしろ、民間人のほうが人道目的の武力行使に積極的であるという結果が出た。
とりわけホワイトハウスが意を強くしたと思われるのは、軍事行動での死傷者数について、政策上に応用可能な分析が行われたことだった。フィーバーらは与論に武力行使への支持を訴える際、米国民を以下のようなグループに分けながら広報戦略を描くべきだと提言している。
調査によれば米国民の30〜35%は勝利の見通し、費用、犠牲に無頓着に軍事行動を支持する「強固なタカ派」に分類された。一方で、常に軍事行動に反対する「強固なハト派」が10%〜30%存在する。広報戦略の対象とすべきは、政権からメッセージを送っても意見の変わりにくいこの二者を除いたグループだ。
では、大統領はどんなグループに対して語りかければよいのだろうか。
一つは、最大で20%ぐらいになる「死傷者恐怖症」のグループだ。このグループに、ある仮定の軍事行動を支持するかどうか尋ねた場合、死傷者数に言及しなければ「支持する」と答えるが、死傷者数が意識されれば支持は得られない。ただし、「効果的に作戦を遂行するためにはなぜ犠牲が必要なのか」ということを軍事行動の目的を明確にして伝えられれば、支持勢力になる可能性も残されている。彼らの姿勢は死傷者数だけでなく、目的の正当性にも大きく左右されるわけだ。
もう1つのグループが、15〜40%ぐらいの幅の「敗北恐怖症」群である。彼らが懸念するのは、軍事行動の成功それ自体。このグループは多少の死傷者では動じないが、勝利の見通しがたたなくなるとパニックに陥る傾向がある。
加えて重要なのは、上記の四グループの人数が「軍事行動の目的」によって変動することだ。例えば、「テロ組織アルカエダとの闘い」というような米国の安全にとって切実で具体的なものであれば「強固なタカ派」と「敗北恐怖症」のグループが増加する。一方で、「ハイチのアリスティド大統領を守るため」というような比較的曖昧な目的だと、「強固なハト派」と「死傷者恐怖症」が増えるという具合である。
フィーバーらの提言に基づけば、ブッシュ大統領の送るべきメッセージは以下のようになるはずだ。「死傷者恐怖症」郡に対しては、現在のイラクでの軍事作戦が米国民にとっていかに意味のあることかを強調し(それは民間人以上に死傷者増加に敏感である軍関係者に、現実的目的を意識させることでもある)、その遂行のためには犠牲もやむを得ないことを説明する。また「敗北恐怖症」郡へは、いかにイラクでの米軍の治安維持活動が順調で、成功の見通しも立っているものなのかを訴えることが重要になろう。
“謙虚”になった大統領
今回、フィーバーの存在がクローズアップされたのは、いわば偶然の産物だった。ブッシュ演説と共通点が多い「イラクでの勝利への我々の国家戦略」("Our National Strategy for Victory in Iraq")という文書がホワイトハウスのウェブサイトに掲載された際に、技術上のミスで「feaver-p」という文責者名が表示されてしまったからだ。ホワイトハウスのこの文書についてのフィーバーの関与自体は認めているが、同時に中心的な執筆者はイラク・アフガニスタン担当のミーガン・オサリバン大統領次席補佐官だともしている。
しかし以下に見るように、12月18日のブッシュ演説にはフィーバーの影響が明白に見られる。まず大統領は「開戦時の諜報情報の多くは間違っていました。自分は大統領として開戦を決定した責任があります。」と謙虚な姿勢を示した。
その上で、「死傷者恐怖症」グループ対策として、戦争目的を「アメリカ国民の安全を守るため」と明確に位置づけた発言をちりばめている。「わが国には二つの選択肢しかありませんー勝利と敗北です。この勝利の必要性は過去のどのような大統領や政党が求めたものよりも重要です。なぜなら敗北の代償は米国民の安全だからです。」
「敗北恐怖症」グループには、米軍の任務が順調であることを強く訴えている。「三日前、一千万人以上のイラク人が選挙に行きました。その中には前回の国民選挙をボイコットしたスンニ派も含まれています。」「我々はイラクで勝つ能力があるだけではなく、実際に勝ちつつあるのです。」
米国では「世論操作だ」との批判も相次いでいる。フィーバー本人は表舞台に一切登場しないものの、Choosing Your Battlesの共著者であるジェルピはAP通信の取材に対して「軍事行動の成功の見通しが高ければ人々は死傷者が出るのを容認する。だから大統領が勝利について語るのは重要だ」と釘をさす。
いずれにせよ11月に中間選挙を控えるブッシュ政権は、1月31日予定されている年頭一般教書演説で好調な経済や世論の関心の高い社会保障などのアジェンダ(行動計画)も盛り込んだ、さらに戦略的なメッセージを打ち出すだろう。

