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レポート

通貨下落、テロ、インフレ:正念場のユドヨノ政権

島戸治江 海外情報室研究員
毎日新聞社『週刊エコノミスト』2005年10月25日号より転載

10月20日で就任して満1年を迎えるインドネシアのユドヨノ大統領は、通貨ルピア急落、バリ島爆弾テロなど相次ぐ試練を乗り切れるのか。

インドネシアでは、原油高に対する政府の政策対応の遅れで、市場の信認が低下し、通貨ルピアが急落。8月下旬、1ドル=1万ルピアの壁を一気に突破し、4年ぶりの安値をつけた。

政府が通貨防衛に追われる中、その間隙を縫うように10月1日、バリ島で同時爆弾テロが発生した。1997年の通貨危機後、大幅に減退した投資にようやく回復の兆しが見えた矢先であっただけに爆弾テロの衝撃は大きい。

投資減退に伴い失業問題は悪化の一途を辿り、同国の完全失業率は98年の5.5%から今年2月時点で10.3%まで上昇した。投資促進による雇用創出が喫緊の課題である中、通貨急落やテロなど外国投資家の信用低下を招く事態は同国経済にとり大きな痛手である。

ルピア下落の最大の要因は、政府の燃料補助金政策にある。

インドネシアは産油国でありながら、昨年、石油製品の純輸入国に転じた。経済危機後の投資環境悪化と法整備の遅れにより、石油分野への外国投資が低迷する一方、既存油田は老朽化により生産効率が低下し、原油生産量は年々減少している。加えて、国内の石油精製能力が不足していることから、ガソリンを含む多くの石油製品を輸入に依存せざるを得ない。

他方、政府は補助金を出すことで国内の石油燃料価格を低く抑えてきた。このため、原油価格が高騰しても、価格メカニズムが働かず、石油燃料需要は減退しない。

こうした構造のもと、インドネシアの原油・石油製品の輸入は急増。国営石油会社プルタミナは、輸入に必要な外貨を手当てする必要から、外国為替市場で膨大なドル買いを行った。原油高の進行に伴い、補助金額は膨らみ続け、財政赤字拡大の懸念が高まったことから、ルピア安は加速した。

燃料補助金の歳出に占める割合は2割に達し、インフラ投資、教育、医療など他の重要分野への予算を確保するためにも、補助金制度の見直しは不可避となった。しかし、石油燃料価格の引き上げには、大きな負担を強いられることになる国民からの反発が予想され、いつ、どのように実行するのか、ユドヨノ政権は難しい決断を迫られた。

インドネシアの為替レートと株価の推移

政府内の補助金見直しの意見調整が難航したことは、新価格の記者発表が予定時刻より大幅に遅れ、値上げ実施初日である10月1日未明に及んだことが物語る。

結局、石油燃料価格引き上げ幅は平均126.6%と事前の予想を大幅に上回り、歴史上最大の値上げが断行された。ガソリン価格は1リットル当たり4,500ルピア(約51円)へ87.5%増、運輸用の軽油価格は同4,300ルピアへ104.8%増、家庭用灯油の価格は同2,000ルピアへ185.7%引き上げられた。調理用など、貧困家庭で広く使われる家庭用灯油は、前回(今年3月)の値上げ時には据え置かれたが、今回は大幅な値上げとなった。

同時に、値上げの影響を緩和するため、貧困家庭1,550万世帯を対象とした現金支給、及び産業、商業、中小企業向けに付加価値税や輸入関税など各種の税減免、輸入品の技術検査の免除、港湾手数料の引き下げなどの補償スキームが示された。

こうしたユドヨノ政権の苦渋の決断を世界銀行や日本をはじめとする援助国は、財政再建に寄与すると評価した。価格上昇により国内の石油燃料の需要が減少すれば、輸入が減り、ルピア相場の安定につながる。また、懸念された国民の反対も、今のところ小規模なデモにとどまり、大きな社会的混乱には至っていない。

しかし、新たな懸念材料は、燃料価格値上げに伴う物価上昇である。インドネシア中央銀行は9月時点で今年通年のインフレ率を 9%と予想していた。しかし、国家開発企画庁長官は、今回の燃料値上げを受け、今年のインフレ率は12%に達する可能性があるとの見通しを明らかにした。10月1日から各地の公共交通機関の値上げが始まっており、首都ジャカルタの公共バスの運賃は4日に平均40%の値上げが実施された。

今後、産業や生活必需品にも燃料値上げの影響が及ぶことが予想される。インフレ抑制のため、インドネシア中央銀行は10月4日、政策金利を1ポイント引き上げ11%にすることを発表。7月以降、4回目の利上げで、利上げ幅は合計2.5ポイントとなった。これから年末にかけ、断食明け大祭の祝日もあり、インフレ圧力が高まることから、中銀はさらなる利上げも示唆した。

今年上期までの現地日系企業の業況は、民間消費拡大に伴い、二輪車・四輪車、家電、化学品など内需向け製造業が好調、また不動産ブームにより建設関連産業も好調に推移してきた。しかし、今後、燃料値上げと利上げのダブルパンチによる消費の冷え込みが懸念される。

さらに、燃料価格値上げが実施されたその日の夜、観光地のバリ島で爆弾テロ事件が起きた。バリ島では、02年10月にも、202人の死者を出す爆弾テロ事件が発生している。国際的に知名度の高いリゾート地で、同国への観光客の3分の1が訪れるバリ島は、02年の事件後に激減した観光客が、昨年から回復傾向を示していたところだった。しかし、今回の事件により、治安への懸念は再び高まることから、観光業への打撃は免れない。じわじわと感染が広がりつつある鳥インフルエンザの脅威も逆風となる可能性がある。

観光業が同国の国内総生産に占める割合は5%であり、単独での経済全体へのインパクトはさほど大きくない。しかし、石油燃料価格引き上げに追い討ちをかける形となったため、今年の経済成長率は政府目標の6%を達成することは難しくなった。中央銀行は、今年の経済成長率見通しを5.9%から5.7%に、来年を6.1%から5.9%に下方修正した。

明るい材料も

一方で、明るい材料もある。ユドヨノ政権は、マクロ経済の安定のため、痛みを伴う政策を断行する実行力を内外にアピールすることに成功した。市場の信認の回復を反映し、8月末に急落したジャカルタ総合株価指数とルピアの対ドルレートは、10月7日時点では約10〜15%回復している。また、10月5日にインドネシア政府が発行した10年物と20年物の米ドル建て国債には、発行額の15億米ドルのおよそ3倍の応募があった。

さらにホンダは、9月30日に二輪車の第3工場の操業を開始した。同社では、インドネシアをインドと並ぶ世界の量産拠点として位置づけている。

足元の景気は弱含みでも、インドネシア経済の中期的な見通しに対する信頼が大きく揺らいだわけではない。

ユドヨノ大統領は、歴代大統領で初めて国民の直接投票により選出されただけに、国民の人気は高い。今年9月時点の世論調査でもユドヨノ大統領に対する満足度は依然60%以上にのぼる。

穏健派イスラム教徒が大多数を占めるインドネシア国民は、ユドヨノ大統領のテロとの闘いを強く支持している。内外からの期待に応え、相次ぐ試練を乗り越えて、前大統領が果たせなかった投資環境改善と汚職撲滅で実行力を示すことができるか、ユドヨノ大統領の真価が問われている。